1979年4月1日日曜日

ウィンズケール核事故

ウィンズケール核事故

イギリスほぼ中部、アイルランドを対岸にのぞむアイリッシュ海に面した西カンブリア州のウィンズケールに、兵器級プルトニウムを生産するウィンズケール原子力工場(現セラフィールド核燃料再処理工場)があった。この兵器級プルトニウム工場で1957年10月10日大火災が発生した。
この事故は世界初レベルの原子炉重大事故となった。原子炉2基の炉心で黒鉛(炭素製)減速材の過熱により火災が発生、16時間燃え続け、多量の放射性物質を外部に放出した。この事故の実態は当時のマクミラン政権が極秘にしていたが、30年後に公開された。なお、この調査と公開のきっかけとなったのが、地元テレビ局の勇気ある報道である。ウィンズケール核施設(現セラフィールド)のすぐ近くの村、シースケールで小児白血病が多発している実態を報道したのである。なお、この原子炉2基は現在でも危険な状態である。この時大量の放射能がアイリッシュ海に流れ、汚染された。
日本語ウィキペディア「セラフィールド」は「ヨウ素131」が約2万キュリー放出されたと書いている。2万キュリーは20000×3.7×1010Bq、すなわち740兆Bqである。ECRR2010年勧告は830兆Bqとしている。(第11章3節「核事故」の表11.2 日本語テキスト p6)
ちなみにこのECRR2010年勧告は、1979年の「スリーマイル島核事故」での放出量を566ペタBq、すなわち56京6000兆Bqとし、1986年の「チェルノブイリ核事故」を2088ペタBq、すなわち208京8000兆Bqとしている。(なお、スリーマイル島事故はほとんどが気体の放出で粒子の放出はなかった)
どちらにしてもウィンズケール事故での放射能放出量は、スリーマイル島、チェルノブイリ、フクシマとは比べものにならないほど小さい量だった、ということになる。
ところがこのウィンズケール核施設はその後、兵器級プルトニウムの生産は停止したものの、セラフィールド核燃料再処理工場と衣替えして操業を続けている。ここで放出する放射能も引き続きアイリッシュ海を汚染し続けることになった。

哲野イサクの地方見聞録
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/fukushima/04.html







バスビーとカトーの研究
イギリスの物理化学者、クリストファー・バスビー(Christopher Busby)や同じくイギリスの社会学者モリー・スコット・カトー(Molly Scott Cato)らは、ウェールズにおける1974年から90年のがん発生率とアイルランドにおける1994年から96年のがん発生率を調べた。
バスビーは長い間イギリスにおける小児白血病発生の研究にたずさわり、「低レベル電離放射線の人体への影響」に関して注意を喚起してきた人物である。欧州放射線リスク委員会(ECRR)の科学幹事でもある。カトーは、セラフィールド再処理工場の地元、ウェールズ地方の出身で、イギリスおよびウェールズ緑の党の有力メンバーでもある。(英語ウィキペディア<Molly Scott Cato>参照のこと)こういう言い方が許されるならチャキチャキのウェールズ人である。
その研究のポイントは放射能に汚染された海の近くに住む効果を調べるためであった。そしていくつかの発見をしたという。この後はECRR2010年勧告「第11章2節 アイリッシュ海とほかの汚染された沿岸サイトについての最近の研究」から引用する。
『 (セラフィールド核施設のある)ウェールズに対しては、彼らは以下のことを見出した。
・ ほとんどのがんについてそれが発症するリスクが、海岸近くで急速に高くなっている。
・ その増加は、海岸に最も近い800 m の細長い範囲で最大となる。
・ セラフィールドからの放射性物質が最も高いレベルで測定されてきている、潮汐エネルギーの低い地域の近くで、その増加は最大である。
・ その効果はその期間全体にわたって増大しており、1970 年代半ばのセラフィールドからの放射能放出のピークに、約5年遅れで追随している。
その期間の終了時までに、放射能で汚染された沖合の泥の堆積物に近い北ウェールズのいくつかの小さな町における小児の脳腫瘍や白血病のリスクは、国内平均の5倍以上であった 。』
アイルランドでの影響
一方アイルランドについては以下の発見をした。なおアイルランドについては、すべての種類の「がん」についてのデータだけを使った。
『 その影響は、(アイリッシュ海に面した)東海岸には存在するが、(面していない)南あるいは西海岸には存在しない。
・ その影響は、女性に対しては存在したが、男性に対しては弱いか、もしくは存在が認められなかった。
・ 1957 年のウィンズケール原子炉火災事故時の前後に生まれた男女双方ともに、強いコホート効果が存在した。』
コホート(cohort)というのは、「研究対象集団」という意味である。従ってコホート効果があった、とは参照集団に比べて研究対象集団には有意な効果があったということになる。
さらに彼らは、アイルランドの一地方、カーリングフォードを詳細に調べた。その地域の一般開業医からデータの提供を受けて、1960年から86年までの白血病と脳腫瘍の過剰発生を確認することができたという。
カーリングフォードはイギリス領北アイルランドとアイルランドのちょうど境界線近くにある人口1000人足らずの小さな港町である。セラフィールド核再処理工場とはマン島を挟んでちょうど対岸にある感じである。
そしてECRR2010年勧告は次のように書いている。
『 また、彼らはアンケート調査をその地域において実施し、海からの100 m くらいの距離に海岸効果(sea coast effect)が存在することを明らかにした。海岸から100 m 以内に住む人々は、1000 m 以上離れて住む人々よりも、がんを発症する確率がおよそ4倍高くなっていた。』(前出同 p5)
こうした一連の傾向は一体何に起因するのであろうか?この研究グループは海岸線の海側に堆積した放射性物質が、潮の満ち引きで陸側に移送するのではないか、と考えている。
『 潮間(高潮位と低潮位との間の海岸)の堆積物に捕獲された放射性物質の海から陸への移送がその効果の原因であると考えている。この過程は1980 年代半ばまでに発見され、十分に記述されている。
海からの距離に伴うプルトニウムの傾向は、塩化ナトリウム(要するに塩)の浸透に見られる傾向と似ており、最初の1 km にある空気中で濃度が急速に高くなっているのが示されている。英国においては、プルトニウムが国土全体にわたって羊の糞便の中から測定されてきており、 1980 年代に測定されたところでは、牧草地におけるその濃度は、セラフィールドからの距離との間に顕著な傾向を示している。プルトニウムは全く同じ傾向で、子供の乳歯においても測定されてきており、英国全域からの検死標本体においても見つかってきている。レベルは肺から排液する気管支リンパ節(TBN)において最も高くなる。肺に入った直径約1 ミクロンの粒子は、そのリンパ節やリンパ系に移動し、原理的には、身体のあらゆる部位に届くことができる。』(前出同 p5)
残念ながら、この研究も「魚を食べる習慣」と内部被曝との関係にまでは踏み込んでいない。しかしながら、放射能に汚染された海岸線地域と「がん」、「脳腫瘍」、「白血病」の関係についてはほぼ有意な相関関係があると見て間違いないようだ。

哲野イサクの地方見聞録
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/fukushima/04.html





1978年12月7日木曜日

気象情報:エルニーニョ

気象情報:エルニーニョ
    エルニーニョが発生すると日本の夏はほぼ全国的に気温が低くなる傾向がある。
    直近のエルニーニョは2009年夏から10年春に観測された。09年夏は、北日本で
    降水量が多かったほか、気温は現在の平年値と比べ0.4度低かった。
もちろん、エルニーニョ現象が、いつも同じような気象の状況を招くというわけではありません。
Wikipedia から、最近のエルニーニョの起きた年の「日本の夏の状況」を記してみます。
「1978年冬 - 1979年夏」などの年数は、エルニーニョが継続した期間です。
    エルニーニョ現象が起きた時の日本の気温と天候
    ・1978年冬 - 1979年夏  日本は冷夏
    ・1991年春 - 1992年夏  日本は猛暑
    ・1993年夏 - 1994年冬  日本で大冷夏(日本の稲作はほとんどの地域で不作)
    ・2002年夏 - 2003年冬  東・東南アジア・欧州で大雨
    ・2009年夏 - 2009年秋  アジア全土で多雨、西日本で長期的な豪雨
    ・2012年夏 - 2012年秋  西日本~北日本の日本海側を中心とした猛暑
となっていて、多くは冷夏となっていますが、1992年と 2012年のエルニーニョの際の夏は
「猛暑」となっていますので、エルニーニョ現象が発生するというだけでは、「どのようになるかは、
その結果でしかわからない」ということになると思います。
そういえば、私は今でも覚えていますが、21年前の 1993年の時には「全国で米が不足する」と
いう1993年米騒動という事態にまでなりました。どこのお米屋さんにも「タイ米しかない」というような状態が続いたと記憶しています。
「コメが買えなくなる」なんて、想像したこともない方もいらっしゃるかもしれないですが、あの時も
「あっという間に消えた」という感じでした。2011年の震災の時のような災害が起きたわけでも
ないのに、コメがあっという間に手に入らなくなったのでした。まあしかし、それらの懸念は先のこと。
太陽活動だとかエルニーニョだとか、あと火山噴火なんかも多くなると、噴煙などで気温の
低下などに影響するなどとか、いろいろと懸念材料はありつつも、今のところは日本の春は穏やかなようです。

大地震の予知と天変地異
http://eeien1234.dosugoi.net/e643966.html



1978年8月7日月曜日

ET情報

2008年05月15日
英国でのUFO目撃、明らかになった「真実」
スペインのバルセロナ(Barcelona)で撮影された、不規則な動きで空を横切る正体不明の光(1974年6月17日撮影)。(c)AFP
【5月14日 AFP】
「リバプール(Liverpool)上空を飛ぶ宇宙人の乗り物を見た」、
「ロンドン(London)のウォータールー・ブリッジ(Waterloo Bridge)上空にUFO(未確認飛行物体)が浮かんでいた」
といった通報を英政府が記録していたことが、14日公開された文書により明らかになった。
今回初めて一般に公開されたこの文書には、
英国上空を飛ぶ未確認飛行物体の目撃証言が数百にわたり記録されているが、
英国防省(Ministry of Defence)の関心事は地球外生命体が地球にやってくる可能性ではなく、
他国が仕掛けた諜報活動ではないことを確認するための証拠としての部分にある。
同省でUFO目撃の調査を担当していたNick Pope氏は、
「小さな緑色の人物の存在を証明するものはないが、懐疑派にとってもUFOの存在を信じる人々にとっても大いに興味をそそるものだろう。
記録された目撃証言の大半はおそらく航空機灯や流星をUFOと錯覚したもの。
しかし中には、警察官やパイロットが目撃したものやレーダーに映し出されたものなど、
説明が非常に難しいものもある」と語る。
1978年から1987年の記録が収められた8つのファイルは英国立公文書館(National Archives)で保管されており、
UFO研究者の要請を受け、同国の情報公開法に基づき公開された。
ただ、宇宙人が英国着陸をもくろんでいたという証拠を待ち望む熱心な研究者たちはがっかりするだろう。
1983年に書かれたメモは
「国防省がUFOの目撃証言によせる関心は、防衛の観点(例えば領空侵犯機)で何らかの裏付けになるかどうかという点のみ」
と述べ、
「同省は奇妙な飛行物体の存在を否定しないが」、
大気圏で燃えた宇宙廃棄物、珍しい雲の形成、気象観測気球などで説明がつき、
「地球外生命体の宇宙船が地球に着陸した証拠にはならない」
と結論づけている。
すぐに片付けられた目撃証言もある。
1982年、イングランド南西部Tunbridge Wells近郊のThe Walnut Treeという酒場の客たちが、
赤と緑の光が点滅しながら空を飛ぶのを目撃したが、
その光をどこで見たか正確に示せと言われると、航空機がひっきりなしに発着するロンドン(London)のガトウィック(Gatwick)空港の方角を指さした。
また、公開された文書は、スティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督の
『未知との遭遇(Close Encounters of the Third Kind)』が公開された1977年以降、
目撃証言が倍増したとも述べている。
(2008年05月14日 14:52 発信地:ロンドン/英国 (c)AFP)
英国防省、UFO目撃に関する旧機密文書を公開
[ロンドン 14日 ロイター] 
英国防省の旧機密文書によると、同国には地球外生命体が到来したとの報告が数多くあり、
未確認飛行物体(UFO)の目撃情報については、1977年に米映画「未知との遭遇」が公開されて以降倍増したことが分かった。
同省が14日、国立公文書館のウェブサイト(www.nationalarchives.gov.uk/ufos)で、1978年から現在までのUFO関連文書を公開した。
それによると、UFOの形状や大きさ、色はさまざまである一方、地球外生命体は一様に緑色だったという。
しかし、同省ではこうした目撃情報の90%は日常のありふれた事柄で説明がつくとしており、残り10%については、不可解だが国防上の脅威ではないとしている。
(5月14日13時15分配信 ロイター通信)
政府が「認めたわけではない」と発言していたとしても、
このような情報を流すことが、すでに、
認めているようなもので、つまり、
暗喩的な仕掛けになっています。
これまで信じがたい、ありえないと想われていた情報を、
定期的に、さらに、頻繁に流してゆくことによって、
一般化させてゆきます。
これは、地球人類が宇宙時代を迎えるにあたり、
銀河系宇宙人類への仲間入りを果たすための
「意識付け」ということになります。
Kylie Minogue さんが唄う 『I Believe In You』 のPVです。
posted by Kagari ∞ Kazuki at 00:44

シリウス文明がやって来る Kagari ∞ Kazuki のブログ
http://mihoh.seesaa.net/

1976年8月2日月曜日

遺跡情報:アポロ20号計画

By Alton Parrish (Reporter)
Giant Space Ship, Mummy On The Moon, Proof Of Secret Apollo 20 Mission
Wednesday, October 24, 2012 12:56

Before It's News
http://beforeitsnews.com/beyond-science/2012/10/giant-space-ship-mummy-on-the-moon-proof-of-secret-apollo-20-mission-2439742.html


NASA
http://www.lpi.usra.edu/resources/apollo/frame/?AS15-P-9625
http://www.lpi.usra.edu/resources/apollo/frame/?AS15-P-9630
http://www.lpi.usra.edu/resources/apollo/frame/?AS15-P-9625

Revver.com
http://revver.com/video/624297/apollo-20-alien-spaceship-on-the-moon-csm-flyover/

ufosightingsdaily.com
http://www.ufosightingsdaily.com/2011/06/nasa-photo-is-proof-of-apollo-20.html
http://www.ufosightingsdaily.com/2011/06/nasa-photo-is-proof-of-apollo-20.html















(要約)

遺跡情報:アポロ20号計画
ufosightingsdaily.com
2012年10月24日水曜日12:56
一般にはアポロ計画は予算削減のために17号計画で打ち切られたとされているが、実際はそうじゃない。極秘に18号計画-20号計画が行なわれたのだ。
アポロ20号計画の任務は古代宇宙人のテクノロジーの調査、とりわけこの月の宇宙船遺跡の調査だった。
20号計画では月の廃墟や、乗り捨てられた宇宙船の遺跡の外観、内部、乗務員のミイラの映像をフィルムに記録したとされる。
2007年4月、月のデポルテクレーター(Deporte crater)付近の難破宇宙船遺跡の動画がYou Tube動画としてアップされた。このYou Tube動画を公開したのが、アポロ計画で任務にあたった宇宙飛行士で現在ルワンダに住むWilliam Rutledge氏(78)。
月の宇宙船遺跡は14号計画で存在が発見され、20号計画でやっと内部調査の運びとなった。ハイテックな計器類が並ぶ内部の操縦室に横たわる乗務員の女性のミイラは裸で、表面はワックスでなコーティングされたようにピカピカだ。体内に入る何本かのホースがある。
街は月の古代都市の廃墟遺跡。William Rutledge氏によれば、遺跡は約100万年前のもので、月の裏側にある。14号計画から17号計画の目的地がいずれも月の裏側のほぼ数百マイル半径内のエリアに集中していたというのは、これらの遺跡の調査が主眼だったからだろう。
動画をみてウソだと思ったが、私はWilliam Rutledge氏に会う事にした。会う前に、まず、NASAパノラマ写真を見た。
NASAのサイト「the NASA Apollo Image Atlas」には月のデポルテクレーター(Deporte crater)付近の画像がある。これをPCにダウンロードして拡大してみると、クレーターの間に葉巻形宇宙船(the cigar shaped ship)の遺跡の像があらわれた。前方にコックピットらしきウインドウがみえた。動画の船と同じかたちだ。だからといって、Rutledge氏の話が本当だとは思わなかった。写真も話もでっち上げだろう。Photograph 9630をひらく。パノラマでみる遺跡の影は確かに動画のイメージと一致する。明らかに銀色のかわった建物だ。
少なくとも、Rutledge氏の話は本当だ。月の宇宙船遺跡、その乗務員のミイラの映像はアポロ20号計画が実際に行なわれた事の証明だ。過去に拙著「Dragons of Asgard and UFO Sightings」で書いたが、アポロ20号計画は確かに行なわれたということか。
Rutledge氏と会って話をきいた。
Rutledge氏
「1976年8月、米ソ共同の極秘宇宙計画がはじまり、私はその計画に参加した。
その時撮影したフィルムを持っていた私は、2007年4月、インターネット・サイトYou TubeにRetiredafbのアカウントでこのフィルムをコピーした動画をアップした。動画の反響はすごかった。PVは150万をこえた。NSAらしき者にアカウントに侵入され削除されたが、逆にこの行為で動画の信憑性は高まった。そのあとは削除と投稿の繰り返しだった。結局、ValValientThorという新しいアカウントでまた投稿した。Val Valiant Thorっていうのは1957年3月にワシントンに着陸した宇宙人に最初に邂逅した人の名前さ。あと、今は自分のサイトRevver.comも運営中だ。ぜひみてほしい。」。

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1976年1月1日木曜日

天体情報

金星星座一覧表
金星の運行一覧です。
1976年01月01日21時15分~ 射手座
1976年01月26日15時08分~ 山羊座
1976年02月20日01時48分~ 水瓶座
1976年03月15日09時59分~ 魚座
1976年04月08日17時57分~ 牡羊座
1976年05月03日02時49分~ 牡牛座
1976年05月27日12時43分~ 双子座
1976年06月20日22時54分~ 蟹座
1976年07月15日08時35分~ 獅子座
1976年08月08日17時36分~ 乙女座
1976年09月02日02時46分~ 天秤座
1976年09月26日13時17分~ 蠍座
1976年10月21日02時21分~ 射手座
1976年11月14日19時40分~ 山羊座
1976年12月09日21時53分~ 水瓶座

本厚木@UP運するための占星術ブログ
http://ameblo.jp/fortunecafe-ceres/entry-11276380650.html
天体情報

月の運行一覧表(1976年~1977年) テーマ:├ 星の動き
1976年01月01日~ 射手座
1976年01月01日05時16分~ 山羊座
1976年01月03日11時33分~ 水瓶座
1976年01月05日20時35分~ 魚座
1976年01月08日08時21分~ 牡羊座
1976年01月10日21時09分~ 牡牛座
1976年01月13日08時19分~ 双子座
1976年01月15日16時00分~ 蟹座
1976年01月17日20時15分~ 獅子座
1976年01月19日22時25分~ 乙女座
1976年01月22日00時10分~ 天秤座
1976年01月24日02時48分~ 蠍座
1976年01月26日06時51分~ 射手座
1976年01月28日12時24分~ 山羊座
1976年01月30日19時34分~ 水瓶座
1976年02月02日04時46分~ 魚座
1976年02月04日16時17分~ 牡羊座
1976年02月07日05時13分~ 牡牛座
1976年02月09日17時16分~ 双子座
1976年02月12日01時59分~ 蟹座
1976年02月14日06時32分~ 獅子座
1976年02月16日07時59分~ 乙女座
1976年02月18日08時14分~ 天秤座
1976年02月20日09時14分~ 蠍座
1976年02月22日12時18分~ 射手座
1976年02月24日17時54分~ 山羊座
1976年02月27日01時48分~ 水瓶座
1976年02月29日11時42分~ 魚座
(以下情報は下記ページへ)

本厚木@UP運するための占星術ブログ
http://ameblo.jp/fortunecafe-ceres/entry-11339815490.html


1975年1月1日水曜日

体情報

金星星座一覧表
金星の運行一覧です。
1975年01月06日15時38分~ 水瓶座
1975年01月30日15時04分~ 魚座
1975年02月23日18時54分~ 牡羊座
1975年03月20日06時43分~ 牡牛座
1975年04月14日07時25分~ 双子座
1975年05月10日05時09分~ 蟹座
1975年06月06日19時51分~ 獅子座
1975年07月09日20時04分~ 乙女座
1975年09月03日00時39分~ 獅子座(逆行)
1975年10月04日14時24分~ 乙女座
1975年11月09日22時55分~ 天秤座
1975年12月07日09時31分~ 蠍座

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1974年8月23日金曜日

THE NIGHT THE ALIENS CALLED ON JOHN LENNON
By Uri Geller
Sunday, May 11, 2014 17:27


Before It's News
http://beforeitsnews.com/celebrities/2014/05/the-night-the-aliens-called-on-john-lennon-2462354.html






(要約)
ET情報
Eggmanの置土産 - John Lennonが宇宙人に出会った夜
2014年5月11日日曜日17:27
Uri Geller
the Beatles時代からソロ時代に渡る様々な伝説。世界的なメディア報道とその早すぎる死により、John Lennonはスーパー・アイコンとなり、文明史上最も重要で力のあるアーティストになった。
1974年8月23日、Johnは、自身のニューヨーク市のアパートの上空で空中停止しているUFO を見、ラジオ、ソロ・アルバムのライナーノートでその事を公的に主張した。さらに死の5年前の1975年、Johnはニューヨーク市のダコタ・アパート(Dakota apartment)で4人の宇宙人(虫に似た人たち、“the bug people”、the Eggman)と出会った。Gellerによれば、この事件が起きたのはYokoがSeanを懐妊していた頃たった(ジョンが死んだ1980年、Seanはの5才だった。)。以後、1980年の死にいたるまでの数年、JohnはCIAとFBIの推定エージェント以外にもUFOに尾行されていると感じていたという。
私のポケットに卵のような物(an egg-like object)がある。これはJohn Lennonからもらったもの。私は、ニューヨーク市のレストランでJohn LennonとYokoと食事をしていた。彼らの離婚事件および和解の前だった。YokoはSeanを妊娠しており、Johnは興奮していた。彼は他の惑星に生命が存在すると思うと言った。彼は私を静かな暗いテーブルへ連れて行き、タバコに火をつけ、その先を私の顔に向け、語った。
John Lennon
「6ヵ月前、私は自宅のダコタ・ビル(the Dakota Building)でYokoと眠っていた。突然、サーチライトのようにドアが眩しく光った。ドアの隙間と鍵穴が眩しく光っていた。侵入者か、火事か、私はベッドから飛びおきた。Yokoは眠っていた。私はドアを開けた。4人の宇宙人がいた。「僕のファンかい?」、私が彼に尋ねた。彼らは私のサインを望まなかった。虫のような目、虫のような口、4人はゴキブリに似ていた(虫に似た人たち、“the bug people”)。4人はじっと私を見つめた。」。
あれから24年後の現在でも、この金属の卵を握ると強い感覚をうける。取扱説明書はなかったはずだが、Johnがこれが何だったのかわかっていたと思う。

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1974年1月1日火曜日

体情報

金星星座一覧表
金星の運行一覧です。
1974年01月30日04時35分~ 山羊座(逆行)
1974年02月28日23時35分~ 水瓶座
1974年04月06日23時14分~ 魚座
1974年05月05日05時20分~ 牡羊座
1974年05月31日16時19分~ 牡牛座
1974年06月26日08時45分~ 双子座
1974年07月21日13時35分~ 蟹座
1974年08月15日08時46分~ 獅子座
1974年09月08日19時26分~ 乙女座
1974年10月02日23時26分~ 天秤座
1974年10月26日23時13分~ 蠍座
1974年11月19日20時57分~ 射手座
1974年12月13日18時05分~ 山羊座

本厚木@UP運するための占星術ブログ
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1972年8月7日月曜日

The 5th Dimension

2008年03月07日
5次元領域と交信したR&B;/Soul系グループ
ブログ読者様のおひとりからご教示頂いた音楽をご紹介いたします。
西暦1960~1970年代に掛けて活躍していたR&B;/Soul系で、The 5th Dimensionというアメリカのコーラス・グループです。
そのグループ名、
The 5th Dimension = 5次元 からも、
彼らが、高次元領域とコンタクトを取っていたことは明白だったと云えるのでしょう。
彼らの作品の中で、西暦1969年発表の曲、
『Aquarius~Let's The Sunshine In』は、
水瓶座の時代の到来について唄っています。
その歌詞の中には、
いまは水瓶座の時代を迎える夜明け前で、私たちが水瓶座の時代を迎えると、
調和、理解、共感、信頼に満ち溢れ、
心の真の解放を促されて、黄金に光り輝く夢のような世界に住みます
ですから、私たちは、太陽の輝きを受け入れましょう
と唄っています。
これは、昨今の太陽による、
急激な黒点活動の影響を指している
と想われます。
そして、人工衛星である、月からのエネルギーも増大しており、
私たち地球人類は、太陽と月からのエネルギーに
強く促されながら、肉体的にも変容を遂げつつあるのです。
これを自然体で受け入れるようにするならば、私たちの変容は、緩やかに行なわれるでしょう。
しかし、これを抵抗してしまいますと、肉体的にも、精神的にも、苦痛を伴うことが多々あるようです。
私たちは、宇宙の流れに従って、すべてを委ね、任せきったほうが、
スムーズに変容できるのです、ということでしょう。
特に、この曲の後半で転調する、“Let the sunshine” と唄うところからは、
鳥肌が立つほどソウルフルで、私たちの魂に、確実に意識付けさせてゆくことでしょう。
それにしましても、60年代という、今から約40年前の発表は、
そのメッセージ性を理解する上では時期尚早だったのかもしれません。
いま、この時期に、何処かの国のR&B;/Soul系アーティストによって、
リメイク、カヴァーして頂けるとベストなのですが。
The 5th Dimension 『Aquarius~Let's The Sunshine In』 のPVです。
posted by Kagari ∞ Kazuki at 01:01

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