1997年2月28日金曜日

ホピの予言・「この惑星を救うテックワ・イカチという生き方」

再掲・ホピの予言・「この惑星を救うテックワ・イカチという生き方」研究(その1)(8まであり)
2015-09-11 | ホピの予言と文明の危機
アメリカでの本書の出版が1997年、今から18年前。
日本での同書の出版が2001年、14年前である。
ホピ族の長老ダン・エヴェヘマと、元牧師でありホピ族の研究に熱心なトーマス・E・マイルズ氏の共著である
「ホピ・神との契約・この惑星を救うテククワ・イカチという生き方」という本を読んでみました。
二人は、1995年には「ホテヴィラ」という本も出版しています(未翻訳)。
「ホテヴィラ」とは、ホピの地の集落の名前ですが、その地を中心に起きたホピ族と外部世界のあつれき、
またホピ族内部の歴史と諸問題が、事細かに、分かりやすく書かれたものです。
本書は、その共著第二作というべき作品で、エヴェヘマの承認の下にトーマス・E・マイルズが資料を分析して書いたものです。
テックワ・イカチとは「大地と生命」という意味で、「大地と交わり命を祝う」と解されます。
1975年から11年間にわたって書き継がれた伝統派のニュースレターの題名も「テックワ・イカチ」といい、
二人は本書を書くにあたって、このニュースレターを資料としてたくさん引用しています。
まず、この本がどのような理由で書かれたのかということについて、本書には以下のように書かれています。
           *****
         (引用ここから)
本書の必要性
本書では(ホピのおしえの)「実行」にあたって、最も大切なことを告げ、即実行できる形に知識をまとめている。
このようにする理由は、「契約」が全体の核になっていることを知れば判然とする。
「契約」の核の中央に浮かぶ「霊的箱舟」が、私たちが「預言」と「教示」、「警告」を活用する場所である。
共著「ホテヴィラ」が完成した時でさえ、ダンから託された仕事を完全にやり終えていないという不足感がわたしにあった。
世界に累積する問題の解決方法は十分に特定されておらず、すぐ使える形にまとめられてもいなかった。
この時、希望と逃れる道を与えず、恐ろしい予言の迷路に人を導くことは神の御心ではないと、
自分が常々感じてきた理由がのみ込めた。
「ホピの予言」について聞きかじった人々は、その全貌が明らかになる日を心待ちにしていた。
「霊的箱舟」について知っていれば、期待はさらに大きかったはずである。
「ホテヴィラ」と本書は、その究極の勝利を証言する。
いかにして生の修羅場を戦い抜くべきか、を教えるものなのだ。
ホピ族としばらく生活を共にした著者たちが記録した、若干の「予言」を読んできて、
それが非常に特殊な「予言」であることは、むろん私にもわかっていた。
だが、「ニュースレター(テックワ・イカチ)」を調べる過程で、
そこにはホピの「予言」全体ばかりか、これまで正しく受け入れられず評価もされずにいた「教示」と「警告」が含まれていることを知った。
創造主が逃れの道をあらかじめ備えていることに気付かせるのが、(ホピの守護神)マサウが「予言」を伝えた主たる理由だ。
いままで認識されなかったのはこの点である。
          (引用ここまで)
            *****
「ホピの予言」は、人類の未来を示す予言の一つとして、ノストラダムスやジュセリーノなどと共に、人類の数々の予言を取り上げる場面ではよく登場します。
しかし筆者、長老エヴェヘマとマイルズは、「ホピの予言」をそのような“きわもの”扱いすることにためらいを感じて、
改めて自分たちの言葉で語りたいと考えているのか確かです。
「ホピの予言」のメッセージは、破局が来るという恐ろしいメッセージのみではない、と筆者たちは考えているのです。
この本は、長老は共著者で、長老エヴェヘマの出版承諾のサインもあります。
むしろ、長老エヴェヘマ自身が出版を望んでマイルズ氏を招へいしたと書かれており、驚かされます。
わたしがこのブログに、この紹介記事を連載したのは、2010年なので、今読み返すと、書き直したいような部分もあります。
別の本で、もう一度考えてみたい、という思いがあり、複雑な気持ちです。
             (続く)

始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/c/66252bc943a43a01f1dd8b16c8aed366

1997年1月1日水曜日

天体情報

金星星座一覧表
金星の運行一覧です。
1997年01月10日14時32分~ 山羊座
1997年02月03日13時26分~ 水瓶座
1997年02月27日12時59分~ 魚座
1997年03月23日14時26分~ 牡羊座
1997年04月16日18時43分~ 牡牛座
1997年05月11日02時21分~ 双子座
1997年06月04日13時17分~ 蟹座
1997年06月29日03時36分~ 獅子座
1997年07月23日22時16分~ 乙女座
1997年08月17日23時32分~ 天秤座
1997年09月12日11時19分~ 蠍座
1997年10月08日17時27分~ 射手座
1997年11月05日17時52分~ 山羊座
1997年12月12日13時56分~ 水瓶座
1998年01月10日05時35分~ 山羊座(逆行)
1998年03月05日01時21分~ 水瓶座
1998年04月06日14時39分~ 魚座
1998年05月04日04時17分~ 牡羊座
1998年05月30日08時34分~ 牡牛座
1998年06月24日21時28分~ 双子座
1998年07月20日00時16分~ 蟹座
1998年08月13日18時18分~ 獅子座
1998年09月07日04時24分~ 乙女座
1998年10月01日08時14分~ 天秤座
1998年10月25日08時07分~ 蠍座
1998年11月18日06時06分~ 射手座
1998年12月12日03時31分~ 山羊座
1999年01月05日01時24分~ 水瓶座
1999年01月29日01時17分~ 魚座
1999年02月22日05時50分~ 牡羊座
1999年03月18日18時58分~ 牡牛座
1999年04月12日22時15分~ 双子座
1999年05月09日01時27分~ 蟹座
1999年06月06日06時24分~ 獅子座
1999年07月13日00時16分~ 乙女座
1999年08月15日22時46分~ 獅子座(逆行)
1999年10月08日01時56分~ 乙女座
1999年11月09日11時22分~ 天秤座
1999年12月06日07時42分~ 蠍座

本厚木@UP運するための占星術ブログ
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1996年8月27日火曜日

人口問題

人口問題 1996
世界の人口問題は総人口の絶対数とその急激な増加率の問題として語られることが多い。そしてそれに見合った収容力が地球に備わっているのかどうか、すなわち膨大な人口を養うにあるだけの食料や水、住宅、土地、その他の資源エネルギーを確保するとともに、その基盤となる地球の環境を維持していけるかどうかが問題となる。
事実、産業革命以後、特に第二次世界大戦以後の世界人口は指数関数的に伸びてきており、まさに人口爆発と呼ぶに相応しい。
世界の人口が10億人から20億人に到達するのに123年を要したが、その後30億人までは33年、40億人までは14年、そして50億人まではわずか13年しかかかっていない。次の大台に達するのは11年と更に短く、1998年には60億人を突破すると見込まれている。
1996年夏の世界の総人口数は58億人。
増加率を主題に低下してきていて今後もこの傾向は続くものとみられるが、人口そのものは依然として年間8600万人を上回る勢いで増えている。
国連の推計によれば、世界の人口は2025年までに83億、2050年までには約100億人に到達するものと見込まれている。
しかも重要なことは、こうした将来の人口増加の大半がアジア、アフリカなどの発展途上国で起きることである。
人口の安定化という観点から見ると、最も重要なのは女性1人が生産一生の生涯で産むと見込まれる平均子供数を示す「合計特殊出生率」のゆくえである。これがほぼ二人にまで低下すれば夫婦一組で自分たちの人数分だけを補充することになり、将来人口を増やすことにはならない。出生率は概ね1960年以後、下降線をたどっている。
現在の世界全体としての合計特殊出生率は約3人と見積もられている。これを先進諸国についてみると、1950年代初頭には2.8人ほどであったものが、今日では約1.7人へと下がっている。他方、発展途上国の場合は1960年の6.2人から現在では約3.4人へと低下している。しかしながら、最貧途上国では未だに約5.6人という水準に止まっている。
そこでこれまでに主として発展途上国の出生率を引き下げるために家族計画や避妊法の普及に力が注がれてきた。その成果もあり発展途上国全体としての出生率は劇的に低下した。最も顕著な改善を遂げたのは東、東南アジアと中南米の諸国である。
他方、食料をはじめとする資源エネルギーの消費という観点からすると、先進国と発展途上国の間には大きな格差がある。
例えばアメリカ人の一人当たりのGDPはインド人の約17倍、国民一人当たりのエネルギー消費量は約33倍である。これをアジアで最も貧しいバングラデシュと比べるとその格差はもっと大きく、GDPについては117倍、エネルギー消費は134倍もの開きがある。つまり現状のエネルギー消費水準を前提に単純化して言うと、一人のアメリカ人が生まれることは、33人のインド人、134人のバングラデシュ人が増えるに等しいのである。
(世界を読むキーワード 1997)
gpjdm pc

1996年1月1日月曜日

天体情報

金星星座一覧表
金星の運行一覧です。
1996年01月15日13時28分~ 魚座
1996年02月09日11時30分~ 牡羊座
1996年03月06日11時02分~ 牡牛座
1996年04月04日00時29分~ 双子座
1996年08月07日15時13分~ 蟹座
1996年09月07日14時06分~ 獅子座
1996年10月04日12時20分~ 乙女座
1996年10月29日21時00分~ 天秤座
1996年11月23日10時34分~ 蠍座
1996年12月17日14時35分~ 射手座

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1995年12月22日金曜日

天体情報

1995年12月22日8:17(GMT)朔旦冬至
MoonLABO Cafe almanac ムーンラボカフェ 暦占茶室
http://www.moonlabo.com/cafe/almanac/?OpDv=essay141211






朔旦冬至
朔旦冬至、19年に一度、冬至の新月
古代中国(殷の時代)において、1年の始まりは冬至だった。
太陽が最も短くなる瞬間が1年の終わりであり、同時に、はじまりでもあった、ということ。
古い時代には、地面に棒を立て、南中した時の影の長さを計っていたわけであるが、寒くなるにつれて、太陽はだんだんと低くしか昇らなくなっていき、昼の時間は短くなり、日の出の方角も、日の入りの方角も南に寄っていく。そして南中の影はだんだんと長くなってくる。その影が、ほんの少し短くなった日があれば、その日を冬至と定めていたと考えられる。(観象授時暦であったため。古い時代には、月初は新月(朔)ではなく、月が見え始める朏(ひ)が、2日月か3日月であり、その見えはじめをもって新たな月がはじまっていたことと同様。)
弱まった太陽が再び蘇る冬至こそが、年初にふさわしい時であるとされていたわけである。しかしそのうちに、人々は1年が約365.25日であることを知り、毎年の観測記録から、冬至がいつやってくるのか、がだいたいわかるようになってくる。そして暦が作られるようになる。
古代中国では、天子(皇帝)は冬至には、臣下や属国に来年の暦を配った。暦は、天が定めた最高権力者しか作成することができなかったからであり、暦が作られたということは、政治が天文を把握したということでもあった。属国は、貢物を持って、暦を貰いにやってくる。これが冬至使(年貢使)であった。その後冬至は新年ではなくなり、立春が新年のはじまりとなったため、太陰太陽暦では、冬至を含む月は11月となった。が、冬至を暦計算の起点とすることには変わりない。また、日本でも「御暦奏(ごりゃくのそう)」といって、毎年11月1日に陰陽寮が宮廷に翌年の暦を奏進する儀式が行われていた。
さて、冬至を年初としていた時代のことであるが、太陰太陽暦なので、実際には、冬至の後の朔の日から、新しい年がはじまっていた。年のはじまり、元旦である。しかし、冬至の日が必ず新月になるというわけではない。冬至の日の月齢は、年によりさまざまに変化する。が、19年に1度、冬至の日が新月(朔)となる。これを朔旦冬至(さくたんとうじ)と称する。年のはじまりである冬至が朔と重なる、いかにも区切りがよさそうである。そしてこの区切りのよい朔旦冬至は、19年に一度、訪れる。
1年365日(閏は366日)の太陽暦と、朔望月の月齢とは、19年に一度、同じとなる。19年に一度太陽暦と月が一致するメトン周期である。つまり、19太陽年は365.242 194日×19=6939.601 686日という長さを持つ。235朔望月は29.530 589日×235=6939.688 415日であり、その時の長さがほぼ等しくなる。しかし、12か月×19年=228か月となるため、235には7カ月足りない。そのため、19年間に7回の閏月を入れることで、19太陽年の長さと等しく調整する方法がとられた。太陰太陽暦における19年間に7回の閏月を入れる、(19年7閏)、これを章法という。
そして、19年ごとに訪れる朔旦冬至から新たな章がはじまるとした。朔旦冬至は、章のはじまり「章首」でもあった。19年ごとに、冬至に朔が訪れる。これは、天文と暦が一致していることを示す吉兆であり、天文と暦が一致していれば、作物が実り、政治がうまくいくと考えられていたので、朔旦冬至を祝う儀式が行われた。ただし、章法ではなく、破章法を採用している暦法では(19年単位で調整しているわけではないので)、19年7閏とはならず、19年のうちに朔旦冬至が複数回発生してしまうようなこともありうる。
メトン周期によらない破章法として、玄始暦では600太陽年=7421朔望月、南朝の大明暦では391太陽年=4836朔望月などが用いられた。日本でも儀鳳暦(唐の麟徳暦)以後は破章法が導入された。それにより、冬至が旧11月2日になってからやってくるようなことも起こり、その場合には、冬至の前に大の月を1つ増やして11月2日を11月1日に修正するような改暦が行われている。日本では承平6年(936年)には、冬至が旧10月30日にやってきてしまい、「暦家の失」と非難され、不吉とされたことは歴史的に有名な事実である。
また、章首以外の旧11月1日が冬至になってしまうことを「臨時朔旦冬至」と称するが、これもまた不吉であるとして、改暦して1日にならないようにしていた。ただし、朝廷儀礼の衰退に伴い、応仁2年(1468年)以降は、章首を朔旦冬至とする改暦は、行われなくなった。それどころか、戦国時代の弘治元年(1555年)には、儀式を行うには財政難であるとして、朔旦冬至を回避したということである。
前回の朔旦冬至は、1995年、19年前に起こっている。
その時、冬至は12月22日8:17(GMT)であり、朔は12月22日2:22であり、占星射手座宮の終わりに月がある朔であったが、同日に冬至と朔があればよく、朔と冬至のどちらが先になるかなどの順序については問題とはならない。
占術研究家 秋月さやか

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1995年4月4日火曜日

健康情報:パン

[第2回]星座はめぐる
歴史の真実
宗教と科学は一見対立する概念のようですが、実は共通の要素がたくさんあります。そのなかで最も注目すべきことは、両者とも人間の本質についての真実を隠蔽または曲解し、私たちが自分の現実を自在に創ることができる創造主としての能力を持っていることを否定している点です。共に、人間がその能力を持たずその資格もないことを、幼少の頃から脳裏に刻み込むシステムとして、役割を分担しながらこの社会に「貢献」してきました。それによって、人間の現実創造能力をまったく信じない強固な集合意識が、この社会全体に形成されてきたのです。信じていない力を行使することはないし、実際に、信じないことによって能力を発現することができなくなるのです。この状況によって得をするのは誰でしょうか?ここに至るまでには、人類の創造以来の長い歴史があります。
人間がサルから進化したというダーウィンの説明は、体形や遺伝要素の共通性から一時期主流となりましたが(そして「神」が創ったという宗教界の説明を粉砕したかに見えましたが)、現代科学の枠内でもだんだん旗色が悪くなってきています。もともとダーウィンの進化論を証明するデータは何一つなかったのです。例えば、サルと現代人との(「進化」の)中間の存在はまったく見つからず、サル(例えばチンパンジー)はいつまでもサルだし、現代人は最初から現代人であったことが化石などからわかります。またダーウィンが言う「生存競争」・「自然淘汰」による「適者生存」の証拠は乏しく、木村資生博士の「中立説(分子進化の中立説)」の方が事実に合っています。いくら観察と実験を繰り返しても、進化に直接つながるような「適応」は見つからないのです。
一方、近年の分子生物学の発展を背景に、人類の起源論争に衝撃的な一石が投じられました。カリフォルニア大学バークレー校のレベッカ・キャンたちによる「ミトコンドリアDNAに見る現代人の進化」という論文(ネイチャー誌、1987.1.1号)です。
細胞の核内でなく核の外の細胞質にあるミトコンドリアのDNAは、進化の研究をするのに便利ないくつかの特徴を持っています。核のDNAに比べて塩基の置き換わり(突然変異)が起こる速度が5〜10倍速い、母性遺伝で母親のものだけが子に伝わる、そして一つの細胞に千個以上もあるので組織から大量に収集することができるなどです。
キャンたちは、世界のさまざまな「人種」に属する百数十人のヒトの胎盤を集め、抽出したミトコンドリアDNAを分析して、塩基の置き換わりの程度を比較しました。するとアフリカ人でこの値が最も大きいことがわかりました。さらに、塩基の置き換わりの少ないものから順につないでいった分子系統樹をもとに、現代人のルーツはアフリカにあると考えました。そして、この置き換わりが起きる率(いわば「進化」の速度)から現代女性の祖先は15〜29万年前にアフリカに生きていたあるグループの女性だと結論づけました。
この論文は、その内容に加えて、「ミトコンドリア・イブ」というロマンティックなニックネームとともに、学会を超えて大変有名になりました。早速「アダム探し」の研究も行われ、アリゾナ大学のM.F.ハマーが、男性だけが持つY染色体に乗っている遺伝子の解析によって、「アダム」は約19万年前にアフリカにいた、と発表しました(1995年)。
その後、ペンシルベニア州立大学の研究グループによる更に大規模な遺伝子解析(アフリカ18地域とアフリカ以外45地域の男女計1700人について3種類のDNAを対象)などでも、ほぼ同様の結論を示しており、人類のアフリカ起源説(単一起源説)はほとんどゆるぎないものになったといえるでしょう。
これらの研究の副産物として、約100万年前にアジアにいたジャワ原人や北京原人、また30万年前頃から地球にいた、ネアンデルタール人を代表とする「旧人」は、現在の人類とのつながりがなく、この間に絶滅したことがほとんど確証されました。またいずれの研究も、現代人をサルに結びつけるものではありません。単に人類の出発点を示しているだけです。サルなど類人猿については、別に同様の系統類縁関係の研究があります。そして、魚や樹木についてさえも---。
このような状況においても、人類の起源を問われると、ほとんどの学者は「サルとの共通の祖先から分化して以来、現在まで進化してきた」と答えるでしょう(サルは進化しなかったのか?)。何しろ過去140年間(1859年ダーウィンの『自然淘汰による種の起源』出版)そのように思い込み「理屈」を積み上げてきたのだし、それ以外の説明は思いつかないから。しかし100万年の間にほとんど変化しなかった「ホモ・エレクトゥス(直立原人)」とは全く異なる、現代人の祖先(クロマニョン人を代表とする「新人」)の突然の出現(考古学では5〜6万年前とされている)を説明することはできず、「ミッシング・リンク(失われたつながり)」などという造語でごまかすしかないのです。一方、多少でも良識がある学者は、「アダムとイブ(原初のアフリカ人)が、その時そこにいたことは確かだが、どこから来たかはわからない」と答えるでしょう。
いずれにせよ、高度に進化した宇宙の存在たちの地球への関わりの事実が徹底的に隠蔽されている以上、「シリウス人などの宇宙種族が、当時地球にいた類人猿の遺伝子に自分たちの遺伝子を加えて人間を創り、アフリカに置いた」という歴史の真実が、地球の学者によって明かされることは期待できません。宇宙からの情報を総合すると、「旧人(ホモ・サピエンス)」は約20〜30万年前にシリウス人などによって「種まき」され、その後さらに改良された「新人(ホモ・サピエンス・サピエンス)」彼らによって創られたとのことです。

アセンション・オンゴーイング
http://homepage3.nifty.com/gaia-as/ongoing2.html


1995年2月7日火曜日

震災に怯える中国,台湾(1995/2)


震災に怯える中国,台湾(1995/2)
神保 隆見, アジア国際通信編集長
・震災対策が遅れる中国 中国と台湾が”関西大震災”の一部始終に強い関心を寄せている。 それもそのはず中国は昨年11月,江沢民国家主席の「経済建設と災害の減少をともに しっかりと把握する」という指示に従い,『防震減災10年計画』の実施について協議を 開始した矢先であった。中国では1966年から76年にかけて今世紀第4回目の地震多発期 となり,その間にマグニチュード7以上の大地震が14回発生,27万人が死亡,数億元( 70年代の物価で計算)の経済損失をもたらしている。 中国の多数の地震専門家は「今世紀から来世紀初頭が第5回目の地震多発期となる」 とみている。しかし,都市での多くの既設インフラ,建設などは防震,耐震構造にはなっ ておらず,新建築と混在している。
さらに状況が深刻なのは農村の土と石を主体とした 建造物で,手の打ちようがなく事態は深刻である。
・台湾も大地震発生期へ 台湾でも『地震観測センター』が1月18日,台湾南部の嘉南平野地域の関係当局や住 民に対し,同地域での「大規模地震の発生周期が巡ってきており,日本で起きたような 地震による大惨事が嘉南平野でも起きる可能性は非常に大きい」と警告。災害に備える よう呼びかけた。 同地域では20年から30年ごとに大地震が発生しており,前回は1964年1月18日に嘉南 県白河鎮で発生,110人が死亡,650人が負傷した。
さらに50年前の大地震では,2,006 人の犠牲者が出ている。
(2/18/95)
神保 隆見, アジア国際通信編集長
      
新しい日本の情報局
http://tanakanews.com/981117china.htm
              
             
                   
               
    
                      
                  
              
              

1994年1月1日土曜日

天体情報

金星星座一覧表
金星の運行一覧です。
1994年01月20日01時28分~ 水瓶座
1994年02月12日23時04分~ 魚座
1994年03月08日23時26分~ 牡羊座
1994年04月02日04時19分~ 牡牛座
1994年04月26日15時24分~ 双子座
1994年05月21日10時28分~ 蟹座
1994年06月15日16時24分~ 獅子座
1994年07月11日15時33分~ 乙女座
1994年08月07日23時35分~ 天秤座
1994年09月08日02時12分~ 蠍座

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1993年10月28日木曜日

ET情報:フィギュアサイズの小人ET

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Small Beings from the Cosmos

soul-guidance.com
http://www.soul-guidance.com/houseofthesun/dp09.htm#9.%20Other%20Small%20Beings

zataz.com
http://zataz.com/news/22682/OpLastResort--swartz--anonymous--hack--acjic.html

pravda.ru
http://english.pravda.ru/science/mysteries/05-04-2007/89132-russian_alien-0/

legendsofamerica.com
http://www.legendsofamerica.com/wy-littlepeople.html

YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=QA01h0BWB9g












(要約)
ET情報:手のひらサイズの小人ET
ペルーの民間伝承(the Peruvian folklore)には小さなETの記録がある。以下ヒスパニック系のUFO研究が運営するサイト「Inexplicata-The Journal」の記事。
「チリのチュスミザ族(Chusmiza)やポロマ族(Poroma)の伝承によれば、アタカマ砂漠(the Atacama Desert)の地下には身長15cm-17cmの種族が住んでおり、付近の住民はそれを知っていた。」。
実際にフィギュアサイズ/手のひらサイズのETはイタリア、ロシア、チリで発見されている。地球各地で発見されたこれらの小人ETが全く同じ構造をしているというのが興味深い。
イタリア
フィギュアサイズのETが世界で最初に発見されたのは1993年、イタリア/ローマのサラリア区(Salaria)から数kmの位置にあるアスコリペルセノ(Ascoli Piceno)のプレタレダクアタ区 (Pretare d'Arquata)。発見されたETはすでに死亡しており、損傷がひどかった。
写真は週刊誌「Visto」1993年10月28日号に掲載、後の1993年11月5日には「i Fatti Vostri(あなたの事実)」というテレビ番組でも紹介された。
ロシア
YouTubeに投稿されたロシア最大の民間連邦チャンネルの1つRen-TVの取材番組のキャプチャ動画(http://www.youtube.com/watch?v=QA01h0BWB9g )は、1996年に発見されたフィギュアサイズのETの番組。動画によれば、1996年、ロシアでフィギュアサイズのETが発見。発見者は精神病の女性で、ETをAlyoshaと名付けミルクとアメを与え保護していたという。しかしその後女性は精神病院に入院、ETは死亡した。
ロシア
2011年4月17日にYouTubeにアップロードされた動画では、ロシアで発見されたフィギュアサイズのETが紹介されている。
発見された場所はブリアチア共和国(the republic of Buryatia)のカバンスキ地区(Kabanskiy district)。2人のティーンエイジャーが街のなかにある林の中で発見した。当時市民はこれを本気にはせず、取材したメエィアも「2人のティーンエイジャーによるイタズラ」として報道、ロシア内務省はこれを「2人が鳥の皮とパンで作ったオモチャ」だとした。そしてその2週後、2人のティーンエイジャーはYouTubeに30分の動画をアップロードした。
私個人の印象からいえば、これはET。パンと鳥の皮からこれは作れない。
チリ
2012年、チリのオクタバ地方(Octava)のイクイク村(village La Iquique)で体長わずか7.2cmのETが発見された。発見者は15歳の少年。遊んでいる時に道路脇の草むらで見つけたという。少年は発見時重体だった7.2cmのETを紙でつつんでひそかに治療したが数日後に死亡した。その後死体をサンチアゴの自宅に持ち帰りメディアに報告した。
イクイク村(から100kmの位置にあるアルモンテ地方(Almonte)のノリアパザ村(village La Noria Pozo)でも体長わずか7.2cmのETが発見された。このETには鋭い歯、1つの突出部、9本の肋骨があった。
the Disclosure Projectのリーダー/Steven Greer博士はこのETのDNAサンプルをとるためにチリに訪問、2012年10月18日、自身のブログに記事「Amazing New Results From Possible ET Body」として掲載、話題になった。

local pc



1993年8月7日土曜日

気象情報:エルニーニョ

気象情報:エルニーニョ
    エルニーニョが発生すると日本の夏はほぼ全国的に気温が低くなる傾向がある。
    直近のエルニーニョは2009年夏から10年春に観測された。09年夏は、北日本で
    降水量が多かったほか、気温は現在の平年値と比べ0.4度低かった。
もちろん、エルニーニョ現象が、いつも同じような気象の状況を招くというわけではありません。
Wikipedia から、最近のエルニーニョの起きた年の「日本の夏の状況」を記してみます。
「1978年冬 - 1979年夏」などの年数は、エルニーニョが継続した期間です。
    エルニーニョ現象が起きた時の日本の気温と天候
    ・1978年冬 - 1979年夏  日本は冷夏
    ・1991年春 - 1992年夏  日本は猛暑
    ・1993年夏 - 1994年冬  日本で大冷夏(日本の稲作はほとんどの地域で不作)
    ・2002年夏 - 2003年冬  東・東南アジア・欧州で大雨
    ・2009年夏 - 2009年秋  アジア全土で多雨、西日本で長期的な豪雨
    ・2012年夏 - 2012年秋  西日本~北日本の日本海側を中心とした猛暑
となっていて、多くは冷夏となっていますが、1992年と 2012年のエルニーニョの際の夏は
「猛暑」となっていますので、エルニーニョ現象が発生するというだけでは、「どのようになるかは、
その結果でしかわからない」ということになると思います。
そういえば、私は今でも覚えていますが、21年前の 1993年の時には「全国で米が不足する」と
いう1993年米騒動という事態にまでなりました。どこのお米屋さんにも「タイ米しかない」というような状態が続いたと記憶しています。
「コメが買えなくなる」なんて、想像したこともない方もいらっしゃるかもしれないですが、あの時も
「あっという間に消えた」という感じでした。2011年の震災の時のような災害が起きたわけでも
ないのに、コメがあっという間に手に入らなくなったのでした。まあしかし、それらの懸念は先のこと。
太陽活動だとかエルニーニョだとか、あと火山噴火なんかも多くなると、噴煙などで気温の
低下などに影響するなどとか、いろいろと懸念材料はありつつも、今のところは日本の春は穏やかなようです。

大地震の予知と天変地異
http://eeien1234.dosugoi.net/e643966.html