1979年4月1日日曜日

ウィンズケール核事故

ウィンズケール核事故

イギリスほぼ中部、アイルランドを対岸にのぞむアイリッシュ海に面した西カンブリア州のウィンズケールに、兵器級プルトニウムを生産するウィンズケール原子力工場(現セラフィールド核燃料再処理工場)があった。この兵器級プルトニウム工場で1957年10月10日大火災が発生した。
この事故は世界初レベルの原子炉重大事故となった。原子炉2基の炉心で黒鉛(炭素製)減速材の過熱により火災が発生、16時間燃え続け、多量の放射性物質を外部に放出した。この事故の実態は当時のマクミラン政権が極秘にしていたが、30年後に公開された。なお、この調査と公開のきっかけとなったのが、地元テレビ局の勇気ある報道である。ウィンズケール核施設(現セラフィールド)のすぐ近くの村、シースケールで小児白血病が多発している実態を報道したのである。なお、この原子炉2基は現在でも危険な状態である。この時大量の放射能がアイリッシュ海に流れ、汚染された。
日本語ウィキペディア「セラフィールド」は「ヨウ素131」が約2万キュリー放出されたと書いている。2万キュリーは20000×3.7×1010Bq、すなわち740兆Bqである。ECRR2010年勧告は830兆Bqとしている。(第11章3節「核事故」の表11.2 日本語テキスト p6)
ちなみにこのECRR2010年勧告は、1979年の「スリーマイル島核事故」での放出量を566ペタBq、すなわち56京6000兆Bqとし、1986年の「チェルノブイリ核事故」を2088ペタBq、すなわち208京8000兆Bqとしている。(なお、スリーマイル島事故はほとんどが気体の放出で粒子の放出はなかった)
どちらにしてもウィンズケール事故での放射能放出量は、スリーマイル島、チェルノブイリ、フクシマとは比べものにならないほど小さい量だった、ということになる。
ところがこのウィンズケール核施設はその後、兵器級プルトニウムの生産は停止したものの、セラフィールド核燃料再処理工場と衣替えして操業を続けている。ここで放出する放射能も引き続きアイリッシュ海を汚染し続けることになった。

哲野イサクの地方見聞録
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/fukushima/04.html







バスビーとカトーの研究
イギリスの物理化学者、クリストファー・バスビー(Christopher Busby)や同じくイギリスの社会学者モリー・スコット・カトー(Molly Scott Cato)らは、ウェールズにおける1974年から90年のがん発生率とアイルランドにおける1994年から96年のがん発生率を調べた。
バスビーは長い間イギリスにおける小児白血病発生の研究にたずさわり、「低レベル電離放射線の人体への影響」に関して注意を喚起してきた人物である。欧州放射線リスク委員会(ECRR)の科学幹事でもある。カトーは、セラフィールド再処理工場の地元、ウェールズ地方の出身で、イギリスおよびウェールズ緑の党の有力メンバーでもある。(英語ウィキペディア<Molly Scott Cato>参照のこと)こういう言い方が許されるならチャキチャキのウェールズ人である。
その研究のポイントは放射能に汚染された海の近くに住む効果を調べるためであった。そしていくつかの発見をしたという。この後はECRR2010年勧告「第11章2節 アイリッシュ海とほかの汚染された沿岸サイトについての最近の研究」から引用する。
『 (セラフィールド核施設のある)ウェールズに対しては、彼らは以下のことを見出した。
・ ほとんどのがんについてそれが発症するリスクが、海岸近くで急速に高くなっている。
・ その増加は、海岸に最も近い800 m の細長い範囲で最大となる。
・ セラフィールドからの放射性物質が最も高いレベルで測定されてきている、潮汐エネルギーの低い地域の近くで、その増加は最大である。
・ その効果はその期間全体にわたって増大しており、1970 年代半ばのセラフィールドからの放射能放出のピークに、約5年遅れで追随している。
その期間の終了時までに、放射能で汚染された沖合の泥の堆積物に近い北ウェールズのいくつかの小さな町における小児の脳腫瘍や白血病のリスクは、国内平均の5倍以上であった 。』
アイルランドでの影響
一方アイルランドについては以下の発見をした。なおアイルランドについては、すべての種類の「がん」についてのデータだけを使った。
『 その影響は、(アイリッシュ海に面した)東海岸には存在するが、(面していない)南あるいは西海岸には存在しない。
・ その影響は、女性に対しては存在したが、男性に対しては弱いか、もしくは存在が認められなかった。
・ 1957 年のウィンズケール原子炉火災事故時の前後に生まれた男女双方ともに、強いコホート効果が存在した。』
コホート(cohort)というのは、「研究対象集団」という意味である。従ってコホート効果があった、とは参照集団に比べて研究対象集団には有意な効果があったということになる。
さらに彼らは、アイルランドの一地方、カーリングフォードを詳細に調べた。その地域の一般開業医からデータの提供を受けて、1960年から86年までの白血病と脳腫瘍の過剰発生を確認することができたという。
カーリングフォードはイギリス領北アイルランドとアイルランドのちょうど境界線近くにある人口1000人足らずの小さな港町である。セラフィールド核再処理工場とはマン島を挟んでちょうど対岸にある感じである。
そしてECRR2010年勧告は次のように書いている。
『 また、彼らはアンケート調査をその地域において実施し、海からの100 m くらいの距離に海岸効果(sea coast effect)が存在することを明らかにした。海岸から100 m 以内に住む人々は、1000 m 以上離れて住む人々よりも、がんを発症する確率がおよそ4倍高くなっていた。』(前出同 p5)
こうした一連の傾向は一体何に起因するのであろうか?この研究グループは海岸線の海側に堆積した放射性物質が、潮の満ち引きで陸側に移送するのではないか、と考えている。
『 潮間(高潮位と低潮位との間の海岸)の堆積物に捕獲された放射性物質の海から陸への移送がその効果の原因であると考えている。この過程は1980 年代半ばまでに発見され、十分に記述されている。
海からの距離に伴うプルトニウムの傾向は、塩化ナトリウム(要するに塩)の浸透に見られる傾向と似ており、最初の1 km にある空気中で濃度が急速に高くなっているのが示されている。英国においては、プルトニウムが国土全体にわたって羊の糞便の中から測定されてきており、 1980 年代に測定されたところでは、牧草地におけるその濃度は、セラフィールドからの距離との間に顕著な傾向を示している。プルトニウムは全く同じ傾向で、子供の乳歯においても測定されてきており、英国全域からの検死標本体においても見つかってきている。レベルは肺から排液する気管支リンパ節(TBN)において最も高くなる。肺に入った直径約1 ミクロンの粒子は、そのリンパ節やリンパ系に移動し、原理的には、身体のあらゆる部位に届くことができる。』(前出同 p5)
残念ながら、この研究も「魚を食べる習慣」と内部被曝との関係にまでは踏み込んでいない。しかしながら、放射能に汚染された海岸線地域と「がん」、「脳腫瘍」、「白血病」の関係についてはほぼ有意な相関関係があると見て間違いないようだ。

哲野イサクの地方見聞録
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/fukushima/04.html