2014年1月5日日曜日

予知情報

マシュー君のメッセージ(83)
2014年1月5日
マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂たちからこころからのご挨拶をします。12月の冬至とともに、また強力な光が注ぎ込んで来ました。それはまるで終わろうとする年に敬意を表し、新しい年を歓声で迎えるかのようです。実際、敬意ということであれば、どんなにそれにふさわしいことでしょう。あなたたちが魂レベルからの気づきに従って行動したとき・・あなたたちにはほんの優しい行為や“やるべきこと”に過ぎない思えたことですが・・それらはいつでも世界に光を加えたことになるのです。
たくさんの方法であなたたちの社会が莫大な光を創造していますが、そのいくつかについて僕たちが話したメッセージをきっとあなたたちは読み直してみたいと思うでしょう。あなたたちの世界をより良くするためのたくさんの貢献に対して感謝することも、それ自身の光をさらに大量に送り出すことになります。(これは2013年8月15日のメッセージです。)ええ、まだやらなければならないたくさんのことがありますが、それらはやがて実行されるでしょう。エネルギーの勢いがあらゆる思考と感情のパワーを増大しつづけているので、ネガティブな状況ばかりを考えて気が重くならないようにという僕たちのガイダンスをここでもう一度繰り返します。その代わりに、地球を白金色の光の中にイメージしてください。そうしてそのイメージとより良い変化を願うこころが宇宙に届き、さらに多くの光をもって戻るようにするのです。一部のこころを閉ざした人たちは現状を維持しようとしていますが、平和と協力とあらゆる人々への豊かさに向かう変化の流れは確実に進んでいます。彼らがより多くの光を受け入れれば、それらが現実になるのがそれだけ早くなるでしょう。インターネット上にある記事やチャネリング情報を含めて、あらゆる情報はつねにしっかりと見極めてください。ほとんどの主要メディアはいまでもネガティブな出来事やスキャンダル記事ばかりを中心にしていて、コントロールされていますが、草の根から始まった親切さや資源を分かち合うことや成功した試みなどの話が、より多く特集されてきているのはとてもうれしいです。記者たちも大部分の人々と同じで、北朝鮮が核兵器を発射させて広大な地域を壊滅させるとか、福島からの放射能で最後には何百万の人々が死ぬかもしれないといった、話題になっている起こりうる出来事を僕たちの宇宙ファミリーが防止することなど思いも寄りません。海洋が温暖化であらゆる海洋生物が死に、沿岸線が何百マイルも内陸に移動することなどガイアは望んでいないので、そんなことにはならないことなど彼らは知りません。地球住人のほとんどは、広がっている波動エネルギーが各国の指導者たちに争いではなく対話をするように促していること、経済と外交に関する交渉が水面下でいま進行中であること、あるいは何百万の魂たちがほかの転生とのバランスと進化のために選んだ経験を現在していることなど知りません。愛するファミリーのあなたたちはそれを知っているのです。ですから、高いポジティブな気持ちでこの新しい1年を前進し世界に光を広めてください。あなたたち自身があなたたちの望む変化なのです。
では、これからはマシューだけとして話します。12月のメッセージへのある質問をここにコピーするように僕の母に頼んであります。
“あなたのメッセージは素晴らしいでしたが、イエスの誕生がこの神聖なる季節の大事な理由であることが抜けていました。私は偏見のない直感力のある人間だと思いますが、イエスが磔にはならなかったとあなたが言ったことについてはまったく信じられません。あなたのような高い進化の存在がそのような重要なことを知らないなどということがあっていいのでしょうか?”これを書いてきた人は、聖書の磔の話を信じているたくさんの人々のひとりです。あなたたちが魂レベルで知っている真理を意識レベルで知ることは、進化の非常に大事なところです。また誤った知識に基づく信念に固執することは進化における成長を阻害します。だからこそ、聖書が真実から劇的に異なっていることを僕がどのように知っているのか、あなたたちに言うことが役に立つと思うのです。神が、“そうだね。もういいだろう。”と言ってくれたので話すことにします。僕は使徒マタイとして・・それが今日では地球での僕の転生の中でもっともよく知られています・・そして、大天使ミカエルの強力なエネルギーがこの宇宙でその最初のパーソネージとして顕現したときに始まったほかの何千という転生として個人的に知っていることを基にいつでも話しています。僕のあらゆるパーソネージたちの集合的な知識によって、使徒マタイとして知られるようになった転生の間には意識レベルで知りようがなかったことについて、僕は話すことができるのです。その知識を呼び起こして僕がイエスと供にいた年月について話しましょう。
僕の母は、20年前に僕たちの会話が始まったときからその転生について知っていました。彼女は僕がメッセージでそのことを話しますか訊ねたので、多分いつかと彼女に答えました。でも、使徒であったということは重要ではありません。大事なことは、彼女が僕とほかの存在たちから受け取る情報そのものを尊重することなのです。マシューブックと僕のメッセージの読者たちは情報の真実性を直感的に知る必要があります。人生でどのような状況にあっても“内なる声”を聴き、信頼し、従えるように導いて行くことが、僕たちの母と子の共同作業の主な目的のひとつです。
さて、多くの人々は聖書に書いてあることはすべて真実だと信じていますが、それはそれが神から啓示を受けた人たちによって書かれた“神の言葉”だと教えられてきたからです。そうではないのです。聖書にはたくさんの誤った箇所があり、それにはアラム語とギリシャ語の記録からの翻訳ミスがあります・・そのひとつが“飼い葉おけの赤ちゃん”です・・また翻訳した人たちが自分たちの信仰に合わせて変えてしまったこともあります。さらにその後同じような翻訳ミスが重なってそれを悪化しました。でも、本来の記録からのもっとも深刻な逸脱は、故意に騙そうという目的でなされた省略と加筆です。旧約聖書の各部分は初期の教会と国家の指導者たちによるものです。当時人々はそれぞれ神とより近い関係をもっていました。支配と富を求める指導者たちの思惑に人々を順応させるためには、指導者たちは人々を神から遠ざける必要がありました。彼らは、人々にほかの者たちは敵だから行って殺せ、そして父親には神の命令に服従する証しに我が息子を殺せと言う怒りに満ちた恐ろしい神をつくりあげたのです。その後数世紀の間に、カトリック教会の支配者たちは人民への支配を確立させ、さらに巨大な富を得るために宗教的規則をつくり上げ、それを“神の法”と呼びました。人々と神との距離をさらに遠ざけるために、彼らは何人もの聖者をその間に加えました。また彼ら自身を高位の位置に置くために、法王不可謬説をつくり上げ、独自の国家としてバチカンを創設しました。そしてマリアが懐妊したという処女懐胎説を考え出して、彼女をイエスの処女の母親に仕立て上げ、彼が“唯一の神の子”だと大衆に信じ込ませたのです。
イエスがどこから来たのか話しましょう。計りしれない幾世を経てイエスとして転生した魂は、大天使である最初の魂たちが生まれた創造主にもっとも近い宇宙領域であるキリスト領域から始まりました。その後ある時点で、大天使たちはつぎの天使界と最高神たちと女神たちを創造しました。これらの魂たちは創造主の純粋な愛と光のエネルギー体として留まるか・・多くの人々が神と呼ぶこの宇宙の至高存在はそれを選択しました・・あるいは肉体をもって転生する選択を与えられました。後者を選んだ魂たちのひとつがこの宇宙でサナンダとして知られている存在です。大宇宙コスモスのさまざまな文明社会に転生しているこの魂は、あなたたちがイエスとして知っている人の“親”であり、あるいはもっと正確には集合魂です。聖書について話をつづけると、その最大の虚偽の情報の多くが4人の使徒に関わるものです。そしていつのまにか、僕たちは聖人の地位を与えられました。一部の学者たちは、ルカと僕が、マルコが彼の福音者に書いたことを写して僕たちのものに加えたと考えています。でも不思議に思うのは、どうして彼らはヨハネを除外したのでしょう・・僕たちの福音書に加えられたとんでもない嘘は彼のものにも入っているからです。一部の最新版の聖書は僕たちの聖人位のことが除外されています。けれども、私の母の持っている使い古した欽定訳聖書(キング・ジェームズ版)では、聖マタイ伝の福音書となっています。彼女は僕が頼むその箇所をコピーしてくれることになっています。でも、僕がイエスとマリア・マグダレナ(訳注:マグダレナのマリア)のことを話す際にあなたたちが彼らを想像できるように、まずふたりのことから説明しましょう。イエスは社交的でマリアほど陽気ではありませんでしたが、いつでも気持ちのよい性格の人でした。彼は正に堂々とした体つきで・・大抵の男たちより背が高く、細身ですが筋肉たくましく真っすぐな姿勢をしていました。彼の白い肌は長年の太陽のもとで日焼けしていて、その灰色の眼は時折青の色彩を帯びていました。彼の髪は明るい茶色で、当時のスタイルのように長くしていましたが、あご髭と口髭は短く刈っていました。マリアは際立って美しく、明るく魅力的で優しい若い女性でした。その容姿は小柄で、白い肌と輝くような茶色の眼と流れるような茶色の髪をもっていました。彼らは二人とも尊敬を集めた上流階級の家庭に生まれ、教養があり、当時としてはよい教育を受け、結婚するまでは何年間ももっとも親しい間柄でした。二人は大きく幸せな家庭をもち、そして長く充実した人生を送った後、肉体を離れてこの宇宙のほかの場所で神への奉仕の転生へと移行して行きました。でも、彼らの愛と光のエネルギーのパワーはほかのどの場所でも同じように、いつでも地球の魂たちと供にあります。 でも、まず僕自身のことから、それも聖マタイの福音書のずっと前のことから始めましょう。僕は若いときに、興味ある出会いを日誌に書くことを始めました。僕がイエスに会う前の記録もそうですが、その後のことも単に参考として、また老後に読む楽しみとしてだけのつもりでした。僕の記録は、アブラハムからイエスの父親のジョセフまでの系列からは始まっていません。でも聖マタイはそうしているので、そのことを話しましょう。僕がイエスに出会ってから数ヶ月後、ある人からその家系図を見せられましたが、その人は誰かの記録からそれを写したのであって、その誰かも他の人のものを写したのであり、そのようにずっとつづくのです。僕はそのリストを日誌に書き込み、そこにその正確さは実証できないと聴いているというメモをつけました。当時の社会は読み書きがまだ一般的ではなかった時代であり、言い伝えや伝説が代々承け継げられていました。ですから、よく代々の語り部によって話が誇張されたり、細部が忘れられたりするのは当たり前だと思われていました。それでもそれが聖書の“歴史”になったのです。つぎに聖マタイが登場します。“イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。彼の母マリアはヨセフと婚約していたが、彼らが一緒になる前に、精霊によって身重になった”・・“ヨセフは彼女が最初の男の子を産むまで彼女と関係することはなかった。そして彼はその子をイエスと名づけた。”
このどれも僕の記録にはありません。そうであるはずがないのです。僕がイエスに会ったのはその後何年も経ってからです。彼も彼の両親もそのようなことは何も僕に言いませんでした。それにもかかわらず、イエスの誕生についてのカトリック教会の説は僕が書いたことになったし、ほかの福音書でも同じように書いてあったのです。さらに、僕の記録メモはすべてエマヌエルについてでした。その名前で誰でも彼を呼んでいたからです。それが聖書では彼の名前をイエスにするとどうして決めたのか知りません。そして、変ですし、あるいはミスなのですが、これもまたその章に入れられたのです。“・・・そして彼らは彼の名前をエマヌエルと呼ぶであろう。”あなたたちが彼をイエスだと知っているので、僕はいつでもその名前で呼んでいるのです。それは本当に厳しい、残酷な時代でした。男の子どもや幼子たちを殺すことは実際あったことです・・でも、僕の日誌にはそれを書きませんでした・・イエスの家族のエジプトへの逃避と、安全になって彼らの故郷へ戻ったことも本当です。そのときの彼らが経験したことについて彼らが僕に話したことや、僕がイエスと彼の兄弟姉妹たちと彼らの両親と過ごしたたくさんの楽しい夕べの間に起きたほかのたくさんの家族の出来事について書き残しました。マリアもそこによくいて、会話が弾みました。僕たちはアラム語で話していましたが、時折ふさわしい表現がないとギリシャ語になっていました。いつも深刻なことばかり話していたわけではなく、笑いに溢れていました。イエスは誰の話にも熱心に耳を傾けていましたが、マリアがいろいろなことに興奮して喋っていると、彼がよく眼を丸くしていたのを僕は見ています。小学生と学力のある生徒たちのパートタイムの教師だったので・・当時は個別指導教員という言葉がありませんでした・・税の徴収吏としてもっとも起こりうることは、男たちが机の上で忙しく金銭を集計している通りでイエスと出会うことでした。僕はたまたまその前の晩に出会った小さなグループの中にいる彼の顔を覚えていました。それで、彼に挨拶すると一緒に加わらないかと彼に誘われたので、僕はそうしました。僕たちは歩きながら話しました。僕たちの出会いの様子、それに加えて二人とも水上スポーツが好きで、共通の友人を持っていたこと、そして最近人々の前で話し始めたとイエスが語ったことについて書きました。それが、僕たちの友情が始まったという記録がある僕の日誌の箇所でした。そのことを僕は一人称で書きました・・僕自身の経験だったからです。けれども、マタイ福音書によると、“さて、イエスはそこから進んで行かれると、そこにマタイという男が収税所に座っているのを見て、「私に従ってきなさい」と彼に言われた。するとその男は立ち上がってイエスに従った。” となっています。人々は、マタイが自分の人生を変えるような経験をそのように変に素っ気なく書くなどおかしいと思うだろうし、僕たちの出会いが、“僕”がそれより前に福音書で書いた“山上の垂訓”後にあったというのももっとおかしいと思うだろうことなど、明らかに僕の記録を改ざんした人間には思い至らなかったようです。でもそれは、僕がどうして弟子になった収税吏として思われているのかという説明になっています。
イエスは僕たちを使徒とは呼びませんでした。彼がその教えで知られるようになってから、サンヘドリン(訳注:ユダヤ教の最高法院)の一部の人たちが彼の話を聴く集会に参加した人々のことを“彼の使徒たち”と呼び始めたのです。聖書が定めている12人の使徒たちについては、イエスが僕たちにそれぞれ会ったのは彼がガラリア海の周りを旅したときで、そこで友情関係ができました。でも彼は僕たちのだれに対しても暮らしを捨てて彼に“従う”ように頼んだことはありませんでした。とても幸いなことに僕は彼のそばで暮らすことができたので、他の“使徒たち“よりもはるかに多く彼と供にいる喜びを持てました。マタイ福音書によれば:“イエスはこの12人をつかわし、彼らに命じた・・病人を癒し、らい病人を浄め、死人を甦らせ、悪霊を追い払うように。”それによって、僕たちの誰も持っていなかった能力を、僕たちが持つようになったのです。でも僕たちはイエスの能力と彼がどのようにそれを得たかについては知っていました。ですから、僕が舟で一緒に出掛けたときに、“風と海でさえ彼に従う”と僕たちが“驚愕した”などと僕の日誌に書くはずがないし、実際そうしませんでした。マタイ福音書では、イエスが“悪霊につかれた”二人の男と会った後、彼は悪霊を追い払い、彼らを豚の群れの中に入れた。すると群れは崖から海へなだれ打って駆け下り、水の中で死んでしまった。・・すると、町中の者がイエスに会いに出てきた。そして、イエスに会うと、この地方から去ってくれるように頼んだ。“イエスがその出来事を僕に詳しく話してくれたことによれば、その男たちのこころを苦しめていた存在を光に導いた後、彼と僕が会うまでは彼は独りでずっといました。そのようにその話を僕は書き留めました。
イエスが荒野に40日間過ごして、悪霊に惑わされることを拒んだいう福音書の話は、僕の日誌にある短いメモの手の込んだとんでもないつくり話です。イエスは自然と供に独りで時を過ごすことを好みました。そこで彼は神と語らい、気を散らすことなく物思いにふけることができたからです。彼のことをよく知っている人たちがしたように、僕もそれを尊重してなるべく離れているようにしていました。“山上の垂訓”として知られるようになったのは、イエスが話し人々が質問し彼が答えるという多くあった小さな集会での僕のたくさんの記録メモを誰かが寄せ集めたものです・・初めの頃は聴衆との相互の交流がたくさんありました。でも彼の教えのことが広がり聴衆が増えてくると、人々は遮ることなくただ聴くようになり、彼が話した多くのことが“垂訓”になったのです。僕がそう呼んだわけではありません。イエスは説教師ではなく、自分の知識を分け与えることに情熱を注いだ教師でした。彼はそれをするために生まれてきたことを知っていました。それが彼とほかのすべての人たちとの大きな違いでした・・彼は意識レベルでつねに自分の魂とつながっていて、それにしたがって生きたのです。垂訓には彼の叡智と気づきがたくさん残されています。そのことはもちろんうれしいのですが、僕の日誌に記録した彼の重要な教えの一部が抜けています。それは、いくつもの転生の目的、あらゆる魂たちは不可分であること、神は世界に存在するすべてであること・・人々、動物、植物、水、大気、土はすべて神の分身であり、神性なる存在です・・などです。イエスはその教えを何も記録しなかったので、僕がそれをしたことをとても喜んでいました。けれども、僕の日誌の中で腐敗した指導者たちの支配を批判するようなことはすべてマタイ福音書から外されました。その福音書にあるほとんどのことは僕の記録からではなかったのです。だれでも“・・地獄の火に投げ込まれるだろう”とか、“・・離婚された女を娶る者は姦淫を行なうのである。” とイエスが言うのを僕が聞いたことは決してありませんでした。彼は神性な考えと行為が人生に恩恵をもたらし、それは“恥ずべき”行為によるものではないと言いました・・それは裁くことであり、彼が、“人を裁いてはいけない、自分が裁かれないためである。”と言っていたのと矛盾するからです。また罪が許されるということを彼が言ったのを聞いたことも決してありませんでした・・彼は、“罪”は価値観や行いの間違いだと言い、他人を許すことの大切さを聴衆に何度も言って聴かせました。“地上に平和をもたらすために私が来たと思ってはいけない。平和ではなく、剣を投げ込むために来たのだ。”などと彼が言うはずがありません・・それは彼の教えのすべてと矛盾したからです。
“寓話”は、まるでイエスが怒って話していたように聞こえます・僕が何度も参加した大小の集会で彼が怒ったことは一度もありませんでした。寓話にあることとは異なって、彼は聴衆が理解するように率直、明確に話しました・・彼は気づきをもたらしたかったのであって、惑わそうとしたのではなかったのです。幸いなことに・・というか、むしろ彼の言おうとしたことに気づいていなかったからのようですが・・僕の記録を大幅に変えた人たちは、“あなたがたは世の光である”、“あなたがたの光を輝かさせなさい・・”とイエスが光について語ったほかの多くの部分を残したのです。僕の記録とマタイ福音書との違いをすべて指摘するためには、その福音書全部を通して僕の注釈が必要になるでしょう。でも、最大の重要な加筆は、“最後の晩餐”とイエスの磔と復活です。稀にあったことですが、イエスと僕たち12人全員が同じ場所にいて素晴らしい祝いの晩餐をもったことがありましたが、そのひとつについての僕の記録からその夕食のことが来た可能性があります。それは彼とマリアが結婚した後のことで、彼女もそこにいました。でもそれは磔が起きたとされている時よりも何ヶ月も前のことでした。イエスは“聖体拝領”と知られるようになった儀式を行ったことはないし、“とくにあなたがたに言っておくが、あなたがたの一人が私を裏切るだろう”と言ったこともありません。それ以降のマタイ福音書にあることもすべて作り話です。数ヶ月後、僕が寺院の近くで小耳にした二人の男たちの話を書き留めました。それはサンヘドリンが、イエスを磔にすると彼を殉教者にしてしまい、彼の教えに弾みを与えるようなものだから、彼にむち打ちの刑を与えて国から追放することにしたというものでした・・そうすれば人々の目には彼が信用を失ったと見えるだろうし、やがて彼のことなど忘れてしまうだろうと考えたのです。僕がこのことをイエスに話すと、彼はむち打たれて追放されるのは避けられないだろうと言いました・・僕の日誌にも書いたのですが、彼はそうなることが重要だと感じている様子でしたと。実際にそうなり、その後まもなく彼とマリア・マグダレナは東方に向けて去って行きました。そこでは彼らが喜んで迎えられることを彼は知っていたのです。僕たちの最初の頃の会話で何度か彼はそこで過ごした若い頃のことを僕に話してくれました。そこで彼は聖書にある“奇跡”を起こす方法をマスターたちから学んだのです。でもイエスが大勢の人々に言ったように、彼の出来ることはすべて彼らも出来ることだったのです。何年にもわたって僕たちは時折手紙で連絡を取り合っていました。僕は手紙が来るたびにそれを日誌に書き留めました・・それらがそれまでに何十にもなっていました。新しい生徒たちを捜すために、僕はときどき引っ越ししなければならなかったのですが、そのお陰で、僕がイエスを知っていることを聞いて、彼の教えを聴きたいという人たちに会う機会がとても増えました。時折、僕はルカと会いましたが、彼はたまに“使徒たち”のだれかの消息を知っていました。でも僕たちの共通のつながりはイエスだったので、彼が去った後は僕たちがそれぞれ別の道を歩みつづけるのは自然なことでした。年老いた僕が死んだ後、宿屋の主人が僕の日誌の入っているタンスを売ってしまいました。それは最後には政府のだれかの手に入り、焼却される前に、マタイ伝福音書となったのです。
僕があなたたちに言ったことで、イエスのパワーや彼の正確な教えがわずかでも損なわれることはまったくありません。彼の人生の真実は・・妻と子供たちがいたこと、そして彼が普通の人々のように願望、理想、希望、友人、反対者、失望、こころの痛み、喜びをもっていたこと・・彼が“唯一の神の子”だという宗教的欺瞞にくらべれば、はるかに彼の教えをそのままに表わしています。また、僕の言うことが何であれ、聖書は神の言葉だと信じている人々は善良さに欠けると言う意味ではありません・・その人たちがただ誤った情報を受けているだけのことです。あらゆる魂には真理の光の中へ向かうそれぞれ自身の旅があり、そこにタイムリミット(期限)はありません・・魂の一生は永遠です。あなたたちのこころから愛する人たちがあなたたちと同じ道程にいなかったとしても、自信をもって自分自身の道を進んでください。そしてその人たちが自分の道を選ぶ神性な権利を尊重してください。
では、愛する地球のファミリー。この宇宙領域にいる僕たちすべてに代わって話します。どの瞬間でも、僕たちのこころはいつも無条件の愛であなたたちと一緒にいます。
______________________
愛と平和を
スザンヌ・ワード著
原文: Matthew's Messages
訳文責: 森田 玄【転載終了】

飄(つむじ風)
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2014/01/post_e6a9.html





2014-01-18
逝ったマシュー君の天界からのメッセージ!!83
ついに出たな!
2014年の真骨頂!
マシュー君のメッセージが真髄を明かした!
その通り!
イエスは死んでいない!
だが、多くは耳を疑うだろう。そして、怒るかも知れない。何で怒るの? 聖書と違うから??
マグダラ(マグダレナ)のマリアは、イエスの婚約者であり、結婚をして妻であった。許せない? そして、東方に旅立った・・・。
想像の通りである。そして、その東方というのは、日本のことだ。そこには触れていないが、そう言うことである。歴史は、その多くが改竄されている。その後の物語は、やがて、不詳拙ブログが、引き継ぐ予定である。時期尚早とも思っていたが、意外と早くその切っ掛けが打ち出された・・・。感慨無量である。先ずは、熟読玩味して、怒りにも似た驚きは解消しておくことを切望する。


飄(つむじ風)
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Genmorita
昨年の10月、私たち家族はワシントン州にあるスージーさん宅を訪れましたが、その際彼女が、”マシューと私とのつながりがずっと過去からつづいていることは本に書いてあるけれど、マシュー自身の過去の転生についてはこれまであまり言ってきませんでしたね。そのことを近い将来言うことになると思います。” と言ったのを覚えています。
ですから、今回のメッセージを読んだとき、”ああ、このことだったんだ”とすぐ思いました。イエス・キリストや聖書をそれほど身近な存在として育っていない私にとって、このメッセージがどれほどそれを深く信じている人たちにインパクトを与えるのか、正直想像もできませんが、少なくてもイエス・キリストを身近に知っていたという人物がこのように”発言”したということ自体は前代未聞のことでしょう。 また、マシュー君が自分自身の過去の転生をこれほど劇的に生々しく描写したことで、彼の存在が私にはさらに身近なものに感じられるようになりました。もちろん、イエス・キリストの友人だったということもありますが、それはイエスという人にも言えます。 聖書に出てくる12人の使徒たちの名称ですが、日本では原語とされるギリシャ語やラテン語を基にした表記を用いるので、マシューはマタイになります。新約聖書にある福音書を書いたとされる4人の使徒たちは、したがって英語名が日本では以下のようになっています。ルークがルカ、アバラハムがヨハネ、マークがマルコです。レオナルド・ダヴィンチが描いた「最後の晩餐」に使徒たちとマグダレナのマリアが描かれています。中央のイエスの隣にいるのがマリアだとされています。使徒マタイは向かって右から3人目です。
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飄(つむじ風)
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2014年1月4日土曜日

アイスランド火山噴火 

アイスランド火山噴火 
2010/04/16 19:12
 【ロンドン=木村正人】アイスランド南部の氷河で14日、火山が噴火し、16日までに火山灰が欧州北部の上空を覆い、アジア、北米便も含め15、16の両日で2万4千便以上が欠航となるなど欧州の空が大混乱している。英国や北欧諸国など8カ国が飛行禁止措置を実施し、フランス、ドイツでも多くの空港が閉鎖された。噴火は数カ月間続く恐れがあり、欧州経済への影響が懸念されている。
 噴火したのは首都レイキャビクから東へ約125キロのエイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山で、周辺の住民約800人が避難した。同氷河では先月20日にも小規模の噴火が起きた。過去にも、火山灰の中を通過した旅客機のエンジンが火山ガラスや岩石の粉を吸い込んで停止するトラブルが再三、発生している。
 6~11キロ上空に吹き上げた火山灰は風に乗ってゆっくりと南東方向に広がり、16日までに欧州北部の上空に達した。英国では15日、ロンドンのヒースロー国際空港など国内全空港で離着陸がストップした。飛行禁止は17日午前1時(日本時間同日午前9時)まで続けられる。

イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/event/disaster/allnews/date/25/



ヒースロー空港、再閉鎖も アイスランドで噴火 05/16 00:49
アイスランド火山噴火 航空網乱れ  04/17 20:14
アイスランド火山噴火、経済的損失数百億円 04/17 10:13

イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/event/disaster/allnews/date/25/



2014年1月1日水曜日

天体情報

冥王星の位置
2014/01/01 00:00:00(UT)
日心距離 32.5594AU
赤経18h48m08.72s -20d
赤緯 14'07.66"
2014/01/02 00:00:00(UT)
日心距離 32.5600AU
赤経 18h48m17.72s -20d
赤緯 14'02.89"
2014/01/03 00:00:00
日心距離 32.5606AU
赤経 18h48m26.72s -20d
赤緯 13'57.99"
日心距離 3.5426AU
赤経 11h58.33m(JST) 0.12" /241.171°
赤緯 -47.78°
2014/01/04 00:00:00(UT)
日心距離 00 32.5612AU
赤経 18h48m35.72s -20d/241.395°
赤緯 13'52.98" /-47.78゜

冥王星物理表
http://alpo-j.asahikawa-med.ac.jp/Latest/f2014_pluto.htm










天体情報

2014年 二つのグランドクロス
(12/18更新)
2014年は1月1日と4月23日の二回グランドクロスが発生します。
グランドクロスとは、占星術で使われるホロスコープ上において、惑星がきれいに十字状に位置することで、これは地球から天空を見上げたときに、十字状に惑星が整列することを意味します。グランドクロスは、あまり見かけない現象なので、占星術上で重要な意味合いがあるとされています。
2014年に起きるグランドクロスのうち、占星術においては、惑星同士の角度を重視するため、4月に起きるグランドクロスが重視されているようですが、惑星の配置を見ると、むしろ1月のグランドクロスの方が、2014年を読み取る上では重要になります。
また、2014年は、天王星・冥王星と火星がそれぞれスクエア(90度)の角度を長期的に持つため、他の惑星や太陽ともグランドクロスが発生する年にもなります。
以下の図では、グランドクロスを十字ではなく正方形の水色の点線で表示していますが、これは占星術においては、オポジション(180度)とスクエア(90度)の二つの見方があるため、それらの両方をチェックしやすいように、正方形でグランドクロスをチェックすることが一般的なので、その方法を使って表示しています。
図で見ると、かならずしもぴったり十字ではありませんが占星術においては、惑星が持っている意味合いや力については、前後5度くらいの範囲においては影響力があるので、それくらいは許容範囲となります。
1月1日新月
4月23日
別記事(リンク)でも書いていますが、2014年1月1日は19年ぶりの新月になります。元旦が新月になるというのは、めったにないことです。そしてさらに、元旦にグランドクロスが発生します。
チャートを見てみると、惑星の集積度合が強く、さらに19年ぶりの新月であることを考えると、4月のグランドクロスより、1月1日のグランドクロスの方が、2014年を象徴しています。
これらの現象を見ると、2014年の特に前期は、これまでの価値観や世界観を捨てていくプロセスになります。そして新しい価値観や世界観を後期において形成したり取得する時期になっていきます。
2014年前半では、これまでの経験から来るやり方や価値観を捨てていくということから、喪失感や無力感を感じたり、実際にモノが無くなったり、人間関係が離れていったりすることが、具体的に起きる時期になります。
しかし、これは、創造的破壊であり、不要なものを手放すプロセスです。なので、積極的に手放していくことが、2014年後半においてスムーズに転換することができるための鍵です。
この変化は、人によっては2013年から既に始まっていることもあります。特に霊的(スピリチュアル)な事柄に敏感な人の場合、早い場合は数か月前倒しで起きることがあります。これは、元の世界(ワンネス)においては、時間というものは過去も現在も未来も同時に存在しているので、グランドクロスという天体現象を無意識的に未来予測してしまうために、時には数か月前から起きることがあります。
もし、手放すことに抵抗するなら、それは自分の意志とは関係なく、強制的に手放さなければならない状況に陥ります。
新しい世界観や価値観においては、物質的な事柄ではなく、精神的(マインド)・霊的(スピリット)が重視されていくことになります。
これは、所有社会から共有社会(シェア)への変化です。なので、持つ(所有する)ということで安心を感じている場合、これからの時代は持たないということへの不安感を払拭することが重要で、持たないゆえの自由を感じる時代になって行くことになります。
2014年前半は、これらの変化に対する具体的なビジョンがまだ確立されていないため、不安や喪失、先が見えないといった感情を抱くことが多くなります。しかし、変化の途中においてこれらの感情が起きるというのは、変化が起きているという証拠であり、問題が起きているのではないということを知っておく必要があります。
新しい価値観においては、「シェア(共有)がベースにある」というのが基盤になります。全ての人はつながっており、全ての自然はつながっています。何かを独占所有するというのは、本来の私たちの姿ではありません。仮にそう見えたとしても、地球上の数億年という長い時間からみればほんの一瞬の夢でしかありません。
つながっている同士であれば、相手に対して行ったことは全て、巡り巡って自分に戻ってきます。ここには分離はありません。分離ではなく、つながっている同士として、人々が社会を作るなら、今とはまったく違う世界、想像もできないような社会がいずれやってくることになります。

八雲エンライトメント
http://enlt.way-nifty.com/blog/2013/12/2014-0a87.html

2013年12月27日金曜日

生物蓄積、生体濃縮

生物蓄積、生体濃縮について
生態系中の化学物質について考える時には、動植物の個体内に物質が蓄積する生物蓄積や生物濃縮という現実や、捕食動物と獲物で構成される食物ピラミッドの階層が上がるにつれて、蓄積される化学物質の濃度が上がるということを、つねに念頭に置いておく必要がある。確かに、放射性核種は食物連鎖の一定部分に蓄積されることがある。そのうえ、多くの放射性核種については、連続する食物連鎖の階層を上がっていくにつれて蓄積される放射性核種の濃度が上昇し、その結果、生物濃縮が引き起こされる。私たちが検討してきた他の有毒物質に関して言えば、生物濃縮は水界生態系における放射性核種について特に重要に思える。
放射性核種、つまり放射性同位元素の数は非常に多いが、原子力事故で発生する可能性があるものに注意が必要である。チェルノブイリ事故の後、ヨウ素131、セシウム134、セシウム137や、少量のルテニウム103、テルル132、ストロンチウム90がヨーロッパ諸国のいくつかで検出さ?黷ス。ストロンチウム90は従来から、核兵器実験で生じる放射性降下物と関連があった。
どの場合も、生体内に放射性核種がとどまる期間は、存在する安定的な非放射性同位元素の分量、および放射性核種と安定同位元素の間の代謝的相互作用によって違ってくる。治療を行う基本原理の一つは、その放射性核種が取り込まれるのを阻むことができる安定同位元素を投与することである。生物学的には、ヨウ素131は急速に吸収され、ヨウ素が体内を移動する経路をたどって甲状腺に集まる。人間の場合、ヨウ素131のほとんどは尿で体外に排泄される。セシウムはカリウムと同じで筋肉細胞全体に行き渡る。実際、カリウムとセシウムの両方が人体に与えられると、人体はセシウムのほうを優先的に体内にとどめる。ストロンチウムはセシウムと同じように代謝されて骨の細胞に取り込まれるため、体内での代謝回転速度はゆっくりしている。ルテニウム103とテルル 132は吸収されにくいため、危険性は最も少ない。
私たちが調査したのはチェルノブイリ事故であるが、このような原子炉関連の事故に注目すると、ヨウ素131とセシウム137の動きを、災害の状態と必要な対応の種類を示す有益な指標と考えることができるであろう。

SMC
http://smc-japan.org/?p=1620

2013年12月18日水曜日

火山情報: エトナ火山


Eruption from Italy’s Mount Etna volcano closes Catania airport
December 18, 2013 – ITALY – Catania

The Extinction Protocol
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/2013/12/18/eruption-from-italys-mount-etna-volcano-closes-catania-airport/







(要約)
火山情報: エトナ火山
イタリアのエトナ火山( Italy’s Mount Etna volcano )の噴火が活発化、噴煙の被害をさけるため、 15日にシシリア島のパレルモ( Palermo)、カラブリア地方のレジオカラブリア(Reggio Calabria )行の5便が休航、 18日にはシシリアにあるカタニア空港( Catania airport )と カミソ空港(Comiso airport) が閉鎖されたという。

local pc





2013年12月6日金曜日

気象情報

12月初旬、終末のサインあれこれ
ヨーロッパ北西部でもの凄いウィンター=ストームが発生したようです。
フィリピンのスーパータイフーンといい、アメリカのブリザード、カリフォルニアまで雪が降る、まさしく天変地異のオンパレード、終末の予表であるかのようです。
北欧を暴風襲う、航空・鉄道輸送が麻痺
6.12.2013, 09:10
北ヨーロッパを暴風が襲い、陸上輸送が混乱し、沿岸部は浸水している。既に4人の死亡が報告されている。
オランダ、ドイツ、スコットランドの空の便数十が欠航、数ヶ国、特にスコットランドでは全域で鉄道輸送が停止している。数千世帯が停電にあっている。
風速228km毎時に及ぶ突風がスコットランドを襲った。エジンバラ付近の道路でトラックが横転、運転手が死亡した。ロンドンではテムズ河口に堤防が急設され、その他警戒措置がとられている。
オランダでもシェルト河口が封鎖された。オランダ政府は国内の4地域(北部・北西部)に洪水警報を発令した。オランダの航空会社KLMはアムステルダムのスキポール空港を出発する84の便をキャンセルした。ドイツのハンブルグでも20便がキャンセルされた。
BBC
http://japanese.ruvr.ru/2013_12_06/125502976/
風速228Km/hの突風って・・・開いた口が塞がりません。

子羊通信
http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/12-cdb3.html






2013年12月5日木曜日

気象情報

欧州に60年ぶりの猛烈な嵐、満潮と重なり警戒態勢強化
欧州北部は5日、60年ぶりとなる猛烈な冬の嵐に見舞われた。交通網が大きく混乱
したほか、満潮の時刻と重なったことから沿岸地域の数万世帯に避難命令が出され
た。これまでに5人が死亡または行方不明となっている。
英国では北部スコットランドで風速63メートルの強風を観測。北海沿岸では各地で冠 水し、約1万5000世帯が避難を余儀なくされた。
欧州各地で2000人以上が死亡した1953年の暴風雨の再来となる恐れが高まる中、
ドイツ、オランダ、ベルギー、デンマーク、スウェーデンの各当局も洪水への警戒態勢 を強化。国土の27%が海抜ゼロメートル以下のオランダでは、53年の洪水被害を受 けて建設された東スヘルデ防潮水門が6年ぶりに閉められた。(AFP)

MU(ムー)のブログ
http://agnes2001.blog.fc2.com/blog-entry-1606.html


火山情報:ベスビオ山(Mount Vesuvius)

Pompeii: the day a doomsday volcano wiped a city off the map
Posted on December 5, 2013
by The Extinction Protocol
December 5, 2013

The Extinction Protocol
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/2013/12/05/pompeii-the-day-a-doomsday-volcano-wiped-a-city-off-the-map/







(要約)
火山情報:ベスビオ山(Mount Vesuvius)
The Extinction Protocol
2013年12月5日
イタリアのナポリ湾の近くの火山/ベスビオ山(Mount Vesuvius)は過去に50回以上噴火した数十万才の古い火山。最も有名な噴火は西暦79年におきた噴火で、古代ローマの街/ポンペイ市は火山灰の下に沈んみ、2000人近くの市民が死んだ。
Pliny
「ポンペイ市民にとり、逃げる時間は十分にあった。しかし街に残った市民の状況は刻々悪くなった。降り注ぐ火山灰は増え、息苦しくなった。建物は崩れた。」。

local pc







気象情報:約12,240年の地球温暖化は急速にすすんだ

Volcanic ash reveals rapid Ice Age climate change
Posted on December 5, 2013
by The Extinction Protocol
December 5, 2013

Climate Science
http://www.reportingclimatescience.com/news-stories/article/volcanic-ash-reveals-abrupt-climate-change-during-last-ice-age.html

The Extinction Protocol
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/
http://theextinctionprotocol.wordpress.com/2013/12/05/volcanic-ash-reveals-rapid-ice-age-climate-change/








(要約)
気象情報:約12,240年の地球温暖化は急速にすすんだ
2013年12月5日
The Extinction Protocol
オックスフォード大学/クリスティーン・レーン (Christine Lane、Oxford University)
とGFZ独地質調査センター(the GFZ German Research Centre for Geosciences) /アキム・ブラウア (Achim Brauer) による独英合同地質学研究チームの調査によれば、氷河期の気候変動は地域により約120年の時間差はあるものの、地球の各地方で訪れる。気候変動ははやいスピードでおこりうるという。
約12,240年におきた前回の氷河期の終わり、氷河期終期に約1100年続いた寒冷期/ヤンガードレアス期(the younger Dryas)のおわり、アイスランドのカトラ火山(the Katla volcano)で大噴火がおき、火山灰は偏西風にのって北ヨーロッパ、中央ヨーロッパの大部分のエリアにおちたが、
独英合同地質学研究チームの最新の研究書/「Geology」の記事によれば、西ドイツ/アイフェル地域(the West German Eifel region)/マーフェルダーマール湖(the Meerfelder Maar lake)の沈殿物の堆積パターンと南ノルウェーのクラケネス湖(Lake Krakenes)のそれには約120年の時間のずれがみられた。つまり、アイフェル地域で最初に温暖化が起き、その約120年後にノルウェー南部で温暖化が起きたが、両エリアで起きた温暖化はどちらも等しく急速だった。
Achim Brauer
「湖底に沈んだ火山灰沈殿物から正確に火山灰の年齢を測定することが出来る。これにより時間を正確に特定できる。」。

local pc











2013年7月5日金曜日13:40
InLikeFlint
(Before It's News)
http://beforeitsnews.com/space/2013/07/the-universe-ancient-astronauts-and-atlantis-2-2462418.html
http://beforeitsnews.com/space/2013/07/the-universe-ancient-astronauts-and-atlantis-2-2462418.html?currentSplittedPage=2
ゴベクリテペ(Gobekli Tepe)は1990年代に発見された12,000年前の古代寺院。保存のために完成後地中に埋められた。ギザ・スフィンクスの建設時期と同時期だったという説もある。
地質学的記録によれば、ギザピラミッドの建設時期は12,900年前でゴベクリテペ建設の前で、多くの動物相が消えた世界的破滅イベント/ヤンガードレアス期イベント(the Younger Dryas Impact Event、YD)がおきたころ。
ヤンガードレアス期イベントがおきたのは、前回の氷河期のおわりで、地球の気温上昇がはじまったころ。至る所に森が出現したころのイベント。原因は1994年7月に木星に落下したシューメイカー-レヴィ彗星(Comet Shoemaker-Levy 9)のような彗星の落下であるとされる。
ちりと氷からなるこの彗星は空中破裂爆発を引き起こし、現在の最大の水素爆弾より強力な爆発をおこした。爆発をおこしたエリアは、米国48州クラスのエリアをおおうほどの大きさだった。
結果、ローレンタイド氷床は溶け、海面は300フィート上昇、メキシコ湾流をはじめとした海流循環は変化、北半球の気温は下がるといったヤンガードレアス期イベントがおきた。このイベントは、アトランティス大陸沈没の伝説と符号する。そしてもともと赤道直下エリアにあった古代文明王国はポールシフトにより極地へ移動、そして地球は1000年ごとにおきるとされる氷河時代にはいっていった。スフィンクス、ギザピラミッド、ゴベクリテペ(Gobekli Tepe)などを造った古代文明諸国は、大洪水の生き残りで、子孫たちが文明をまたゼロから作る必要がないよう、極地の氷の下に消失した古代文明王国にあった記録をこれらの遺跡に記録したのだろう。
我々の先祖に宇宙の働き、次の大災害から記録を護る方法の知識があり、その記録を残したとするなら、彗星落下といったイベントを生き残る方法を知る事も可能なはず。大災害に周期があるなら、その大災害の警告であるかもしれない。

local pc







Unknown (///)
2011-02-20 09:28:58
��3000年前あたり(ピラミッドが建設された時代)に、高度な航海技術を持って日本→北米→南米→インド→中東を繋げていた環太平洋文明の民族が、ヤンガードレアス期の寒冷化(北半球の半凍結)により南下してメソポタミアへ移動、やがて寒冷化が終わり、今度は温暖化で南下していた文明が北上を始め、アジア、北米に拡散していった・・・・。その後(約6500年前)に地球規模の大災害(ノアの大洪水)で低地の環太平洋文明都市は崩壊してしまい、偶然、高地に住んでいた極少数の民族だけが生き残り、約1000年後にまた低地に文明社会を築いた(←世界四大文明の勃興)!という文明周期説も参考になります。

始まりに向かって
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/639ae0033705c33515cb4b1fa2ac2a02









2012年4月2日
Sandiego1blog39
Before It's News
http://beforeitsnews.com/story/1968/971/The_Mega-Flood_Swept_The_World_14,600_Years_Ago.html
過去に地球でおきたとされる海水位上昇について、それがいつだったのか、これまで正確に特定する事は出来なかった。しかし、アイマーゼレー大学(an Aix-Marseille University)研究チーム、オックスフォード大学(Oxford University)Alex Thomas博士、Gideon Henderson博士による研究チームがその時を特定する事に成功した。
研究チームによると、過去に地球で海水位上昇がおきた時は、14,650年前-14,310年前。ボーリング温暖化現象(the Bolling warming)がおきた時が14,600年前なので、ちょうど重なる。この頃、地球では急激な気候変動がおき、平均気温は急激に上昇、極地に近い北半球の高緯度地方では、平均気温は10年で15度も上昇した。この頃の海水位上昇の主な原因は南極の氷が溶けた事だったという。大量の水が海に流れ込み、地球全体で海水位が上昇したようだ。

local pc








Terrence Aym

2012年10月1日
Before It's News
http://beforeitsnews.com/science-and-technology/2012/10/atlantis-found-giant-sphinxes-pyramids-in-bermuda-triangle-2475944.html
氷河期の終わり
Plato(プラトン)
「古代の氷河期の終期、海水位は約400フィート上昇したが、この時の水位上昇はあっという間におきた。当時のアトランチス文明のテクノロジーをもってしてもこの事態に対処する事は不可能だった。」。
前回の氷河期の終わり、気温の上昇によって氷が解け、特に北半球の海水位は急速に上昇、陸地の沿岸地帯から海面下に沈んでいった。島は消え、所によっては大陸さえも水面下に消えた。キューバ諸島沖は大昔は陸地だったが、海水位上昇により海底に沈み、高地の一部がキューバ諸島として陸地として残ったのだろう。
Terra Forming Terraのレポートによると、これらのピラミッド群( Cuban Subsea Pyramid Complex)をはじめとする遺跡が海底に沈んだ時期とアトランチス文明滅亡の時期は一致するという。
Terra Forming Terra
「キューバプレートとユカタンプレートの接合部は構造的に弱い。12,900年周期で発生する気候変動で増えた海水の水圧はこのエリアのプレートを圧迫し、破ったのではないか。」。

local pc










太陽活動の低下、地球への影響は? 
��FP=時事 12月2日(月)16時25分配信
太陽活動の低下、地球への影響は? 
米航空宇宙局の太陽観測衛星「SDO」が捉えた太陽フレア(2013年5月14日撮影)。
【AFP=時事】最近の太陽表面は、驚くほど穏やかな状態が続いており、黒点の数が20世紀のどの時期よりも少なくなっている。この現象に興味をそそられた科学者たちは、それがこの地球上で何を意味するのかに思いを巡らせている。
11年、太陽活動、17世紀以来の休止期に突入か 米研究
黒点の数はおよそ11年周期の太陽活動周期にあわせて増減し、1日で突発的に増加した後に急激に活動が弱まり、その後にまた活発になったりする。
■観測史上最低レベル
だが「サイクル24(第24太陽活動周期)」と呼ばれる現在の周期は、あまりにも不活発なために科学者らを驚かせている。サイクル24が2008年に始まってからこれまでに出現した黒点の総数は、過去250年間に観測された平均値を大きく下回っており、実際に半数にも満たない。米海洋大気局(National Oceanic and Atmospheric Administration、NOAA)の物理学者、Doug Biesecker氏は「これは、宇宙時代50年で最弱のサイクルになっている」と語る。
黒点から放射される強烈な電磁エネルギーは、太陽の紫外線放射やX線放射、太陽嵐などに重大な影響を及ぼす。太陽嵐は、地球上の通信網や電子ネットワークを遮断する恐れがある。また、黒点活動は、地球の気候にも影響を及ぼす可能性がある。
「サイクル23」は2000年頃に「極大」に達し、その後、同サイクルの活動は徐々に弱まり、2008年に「極小」となった。科学者らはこの時点を現サイクルの始まりとした。サイクル23の終わりに太陽活動が極小になったことで、天文学者らはサイクル24が低調になると予測したが、現実は予想をさらに下回った。
サイクル24の初年度には、太陽活動は上昇するはずだったが、黒点が1個も出現しない日が合計で266日も観測された。
Biesecker氏は「黒点出現予測の最大値は90個だった」として、この1年で活動が上昇してきたにもかかわらず「90個に近づきそうにないのは極めて明白だ」と指摘している。同氏はまた、「黒点数は昨年、最高で67個だった。通常のサイクルの半数にも満たない」と付け加えた。以前に黒点のサイクルがこれほど低調になったのは、1906年2月の「サイクル14」極大時で、1日当たりの出現数は64個にすぎなかった。
■太陽磁場の反転
サイクル24は、もう1つ驚くべき点で、標準から外れている。
太陽磁場は通常、各11年周期の最後のあたりで北極と南極の磁場の性質が同時に反転し、極性が変化する。磁場の強度は、極性反転が起きている間はゼロ近くまで低下し、極性が逆になったら再び高くなると科学者らは説明する。
だが今回は、これとは異なることが起きているようだ。北極ではすでに数か月前に極性が反転しており、現在は南極と同じ極性になっている。
最近の人工衛星による観測によると「南半球は近い将来に反転するはずだ」と米スタンフォード大学(Stanford University)ウィルコックス太陽観測所(Wilcox Solar Observatory)のトッド・ホークセマ(Todd Hoeksema)氏は言う。同氏はこの現象について心配していないようだが、科学者らは、サイクル24が「異常」な周期になるのかどうか、あるいは現在の太陽活動の低下が次のサイクルにまでも長引くのかどうかを見極めるために、太陽を注意深く観測している。Biesecker氏は「それが判明するまでに、まだゆうに3、4年はかかるに違いない」と言う。
■地球の気候への影響は? 
またこれは、長期にわたる太陽活動低下期の始まりかもしれないと推測する研究者もいる。
前回同様の現象が発生した、17世紀半ば頃から18世紀前半頃の間のいわゆる「マウンダー極小期(Maunder Minimum)」には、黒点がほとんど観測されなかった。この時期、地球上では気温が急激に低下し、欧州と北米でいわゆる小氷期(Little Ice Age)が起きた。
黒点の数が少ない状況がさらに続くと、地球の気候が再び影響を受ける可能性が出てくる。だが地球温暖化のおかげで、再び氷河期に見舞われる可能性は低いだろう。「事態はまだ寒冷化に向かっていない。それほど速やかに(黒点の数が)上昇していないだけだ」とBiesecker氏は述べている。【翻訳編集】 AFPBB News

あぁ・・・ 放射能汚染 被爆 情報収集 思う事 関東
http://blogs.yahoo.co.jp/saki_happy_life777/39884753.html




ある地方史の本を開くと、その地方の縄文時代のズット以前の、2万年ほど前の旧石器時代時代の遺跡の発掘物から、説き起こす際に、冒頭タイトルにした様なフレーズが出てきた。
地球が氷河期の寒冷な気候に覆われていた時代。海面は今よりも100メートルも下がっており、日本列島は大陸と陸続きで繋がっていた。
亜寒帯の森林におおわれた陸上にはオオツノジカやナンマンゾウが生息して、すでに日本に居住していた人類は「進化段階は現生人類と同じ新人で、私たちと思考能力も運動能力も全く差異のない、直接の祖先」だった。
過酷な環境に適応するところから出発した私たち人類は
��未だに寒冷な旧石器時代に{基本設計}の定まった身体構造>を引きずっている。
余分なカロリーを急激に脂肪に蓄える、過酷な時代がもたらした{基本設計}が、食いものが、自分で作ったり、採ったりするする現場とかけ離れて、カネよって簡単に手に入る時代に、肥満と云う形でそぐわなくなっている。
だから、脂肪をつけさせないために、運動に時間を割かなければならない。
その作業を素晴らしいとばかり、想うのは勝手な思い込みであり、本当は、馬鹿な事をやっている。
食い過ぎの快楽におぼれ、辻褄合わせをしているだけじゃないか。
そういうカネがあれば、世界中の飢えた人で助かるヒトがいる。理性で考えるとそういう事に成る。
>現人類は長く続いた過酷な生存環境を生き抜くに従って、そうした環境への強固な適応力がDNAにインプットされた。
それを著者は{基本設計}と云う適切な言葉で表現している。
その後の地球の気候の温暖化のよって海水面が上昇し、日本は大陸と切り離され、海進の最も進んだ約6000年間には海は今よりずっと列島に入りこんでいた。
>>やがて新石器時代から、縄文時代が始まるのだが、この著者の指摘している、{基本設計不適応}は、もっとスケールのデカイ事だ。
「その後の気候の温暖化」。
ここまでは自然現象の大きな変動に対する氷河期に{基本設計}された現人類の不適応であり、何のことはない常識の範囲。
>>「急激な社会変動」。
そして「価値観の多様性など」。
に「対処するには{基本設計が<余りに古い}のではないかと云う、現状認識が可能なのである」とまで云われると、つい一足飛びに、現在の地球規模に沸き起こっている諸問題への人類のDNA的基本設計の余りの古さゆえの不適応=DNA的解決能力不在をに想いを馳せてしまう。
そういえば、人類はズット戦争しつけてきたな。最後は力による解決の道を選択してきて、厄介なことにそれが起動力となって、歴史が前に進んできた。その挙句の果てが、尤も破壊的殺人兵器としての「核兵器」の開発とその使用。それが、原子力潜水艦に転用され、次に原子力発電に使用され、遂には日本の福島原発事故によって、当然の事ながら、地球のプレート移動の法則によって、その存在を否定された。にもかかわらず、利潤を追い求める資本の蓄積構造に引きずられ、原発を再稼働するという。核ミサイルを独占する大国が、自分たちの軍事的独占を維持するために、都合の良い国の核武装は許し、都合の悪い国の核武装は許さないと、核兵器の世界的多様化に圧力をかける。それだけではなく、グローバル資本制の反人間性はますます、コントロール不能状態に成っている。地球環境破壊の原因も結局、グローバル資本制に行き着く。
2万年前の最終氷河期時代に定着した人類のDNA=急激な社会変動、価値観への不適応のある基本設計、では、今のところこれらの方向性は修正できる見通しが立たない。物事には表側と裏側があるが、それにしても、表側のきらめきに反して裏側は酷過ぎて、反人類の領域に深く達している。
��>が、著者は<人間は急激に変わる>モノと、云う視点を歴史的事実から、提起している。
従来の歴史学では縄文時代から弥生時代への転換を朝鮮半島からの渡来系弥生人の移住、定着に求めているが、日本定住の縄文人、自らが主体的に、
「朝鮮半島の人々との交換や交流をきっかけに、水や土地など自然と人間の関わり方から、日常の価値観、時間の観念、ひては死生観を軸に据えた宇宙観に至るまで縄文文化をそれを完全に脱ぎ捨て、自らを水稲農耕民=朝鮮半島系渡来人風に仕立てなおして再出発した」
「しかも、朝鮮半島系の文化的要素が初期の頃から、揃って導入されているところを見れば、この再出発は集団規模で、おそらく<1世代の間に、組織的かつ短期間で生じたとみる必要がある」
「現代人の感覚になぞって表現すれば、それは宗教上の集団改宗に近い状態だと理解すべきであろう」 
>以上の論説は考古学の出土品から、解き明かされており、説得力がある。
「疑いようもなくハッキリとした朝鮮半島系の墓の下に埋葬されていたのは、予想に反して縄文的形質を備えた人物であった。」
水稲稲作が日本列島に広まった頃、同じ地域の同時期に縄文的生活を送るムラと弥生的水稲稲作のムラの共存が確認されている。この時の水稲稲作弥生ムラは渡来系の弥生人ではなく、渡来系の生産様式に短期間で組織的に改宗した日本土着の縄文人だった。
>この様に考えていくと、従来の歴史学説の云う、弥生時代の爆発的人口増加の原因を朝鮮渡来人の日本への圧倒的な数に求める、不自然さが拭いされる。確かに渡来人数も増加したが、日本土着の縄文人は渡来人と混血して弥生人となって水稲稲作民に自己変革した。
��>ただし、土着の縄文式生産様式よりも、手間はかかるが渡来系の生産様式の方が労働成果は大きく得られ、安定的であるという、やはり、物的な要素によって、この自己変革は可能となったと想う。やがて、そこで取り入れた生産様式が戦争的抗争と共同体の階層分解を生む。
2012/4/8(日) 午後 2:19

反俗日記
http://blogs.yahoo.co.jp/xhhfr149/22852263.html